要約
- つり上げ荷重1t未満のクレーン・移動式クレーン・デリックで玉掛けを行う前に、安衛則第36条第19号の特別教育(学科5時間・実技4時間) が必要
- 特別教育に「日本語で実施する」という法令規定はなく、外国人には母語または理解できる言語での実施が安全配慮義務の観点から求められる
- 学科は母語のeラーニングで実施可能(令和3年1月25日付厚労省通達)、実技は講師と同一場所での対面が必須
- 合図の統一はクレーン則第25条の事業者義務。外国人を含む班では手合図の言語統一が特に重要
- 教育の記録(受講者・科目・時間・講師等)は3年間保存(安衛則第38条)
外国人作業員に玉掛けを任せようとしたとき、「どの特別教育を受けさせればよいか」「外国語の教材で実施してよいか」という疑問を抱える担当者は少なくありません。本記事では、つり上げ荷重1t未満の玉掛けに必要な特別教育の法令根拠・カリキュラム・外国語実施の要件・合図の教え方・記録管理まで、現場で判断できる水準にまとめます。1t以上の玉掛けとの境界線については別記事で詳しく解説しています。
安衛則第36条第19号の全体像:1t未満の玉掛けに特別教育が必要な理由
つり上げ荷重1トン未満のクレーン、移動式クレーン、またはデリックを使った玉掛け業務に従事させる場合、事業者は労働安全衛生規則(安衛則)第36条第19号に基づく特別教育を実施する義務があります(労働安全衛生法第59条第3項)。具体的な教育内容はクレーン等安全規則(クレーン則)第222条が定める「クレーン取扱い業務等特別教育規程」の第5条に準拠します。
「つり上げ荷重」はクレーン本体の定格能力であり、その日の「吊るものの重さ」ではありません。たとえばつり上げ荷重0.5tのホイストクレーンを日常的に使う作業員は、荷の重さが何kgであっても特別教育が必要です。この点を誤解している現場は多く、「軽い荷しか扱っていない」と特別教育を省略することは法令違反になります。
1t以上の場合は特別教育ではなく技能講習(就業制限業務) になります(安衛令第20条第16号・クレーン則第221条)。境界線は「つり上げ荷重」であって「荷の重さ」ではない点が判断のポイントです。比較については玉掛け業務特別教育と玉掛け技能講習の違いに詳しくまとめています。
対象業務の範囲
| 機械の種別 | 適用規定 |
|---|---|
| クレーン(天井クレーン・橋形クレーン等) | 玉掛けの業務(安衛則第36条第19号・クレーン則第222条) |
| 移動式クレーン(ラフタークレーン等) | 玉掛けの業務(同上) |
| デリック | 玉掛けの業務(同上) |
ホイスト・電動チェーンブロックも、荷を動力でつり上げて水平に運搬する機械装置であればクレーンに当たります。ただし、クレーン等安全規則はつり上げ荷重0.5t未満のクレーン・移動式クレーン・デリックには適用されません(クレーン則第2条第1号)。したがって法令上の特別教育が必要になるのは、つり上げ荷重0.5t以上1t未満の機械で玉掛けを行わせる場合です。0.5t未満の機械には法令上の義務はありませんが、荷の落下の危険は同じなので、同じ内容の教育を行うことをおすすめします。不明な場合は機器の取扱説明書またはメーカーに確認してください。
学科5時間・実技4時間の内訳
特別教育のカリキュラムはクレーン取扱い業務等特別教育規程 第5条に定められています。
学科:合計5時間
| 科目 | 時間 | 主な内容 |
|---|---|---|
| ① クレーン・移動式クレーン・デリックに関する知識 | 1時間 | 種類・構造・機能・安全装置・ブレーキ |
| ② 玉掛けに必要な力学に関する知識 | 1時間 | 力の合成・分解・重心・安定性・摩擦・荷重計算 |
| ③ クレーン等の玉掛けの方法 | 2時間 | 玉掛け用具の選定と使用・基本作業・手順・安全作業方法・合図の方法 |
| ④ 関係法令 | 1時間 | 労働安全衛生法・施行令・安衛則・クレーン則の関連条文 |
実技:合計4時間
| 科目 | 時間 | 主な内容 |
|---|---|---|
| ① クレーン等の玉掛け | 3時間 | 複数の材質・形状の荷の重量目測・玉掛け用具の選定・玉掛け作業の実施 |
| ② クレーン等の運転のための合図 | 1時間 | 手合図・小旗を使った合図 |
学科は受講者が理解できる言語で提供されているeラーニングで実施可能です(後述)。実技は講師と同一場所での対面実施が必須です。
外国語での実施方法:学科はeラーニング可、実技は対面
「外国語で実施してよいか」という法令上の根拠
労働安全衛生法・施行規則のどこにも「日本語で特別教育を行うこと」という規定はありません。一方、最高裁の判例を基にした安全配慮義務(労働契約法第5条)の考え方では、事業者は労働者が実際に理解できる方法で教育を行う義務を負います。外国語の教材を用いること自体は問題ありませんが、「一応配布した」ではなく「本人が理解した」ことを担保することが重要です。
学科:母語のeラーニングで実施できる
令和3年1月25日付厚生労働省通達(基安安発0125第2号・基安労発0125第1号・基安化発0125第1号)により、特別教育の学科はeラーニング(インターネット等を介したeラーニング等)で実施してよいことが明確になりました。
ただし、以下の要件をすべて満たす必要があります。
- 教育内容の範囲: クレーン取扱い業務等特別教育規程第5条に定める内容をすべてカバーしていること
- 教育時間の担保: 規程に定める時間(学科5時間)以上の受講を担保できること(動画の再生記録・操作記録等で確認)
- 講師・制作者の要件: 動画の作成・制作に関わった者が当該業務に関する十分な知識・経験を有すること
- 質問対応の体制: 受講者からの質問に対応できる体制が整っていること
外国人労働者に母語(ベトナム語・中国語・インドネシア語等)の学科教材を受講させる場合も、これらの要件を満たせば法令上有効な特別教育の一部として認められます。
実技:講師と同一場所での対面が必須
上記通達の別表において、実技教育は「講師と同一場所で対面により実施すること」 とされています。遠隔でのビデオ通話による実技は認められません。
実技の講師について、法令(安衛則第36条〜第39条・クレーン則第222条・特別教育規程)に資格要件の定めはありません。当該業務について十分な知識・経験を有する者が担当するのが実務上の基準です。社内の熟練作業員が担当することも可能ですが、外国人受講者が日本語を十分に理解できない場合は通訳の同席または多言語での説明補助が現実的な対応です。
手合図のデモンストレーションは言葉よりも動作で伝わりやすい部分があります。一方で「ちょっと待て」「降ろせ」などの緊急時の合図を確実に習得させることが重要であり、母語での確認が欠かせません。
合図の統一と玉掛用具の点検
クレーン則第25条:合図は事業者が定め、指名者が行う
クレーン等安全規則第25条は、クレーン作業時の合図について次のように定めています。
事業者は、クレーンを用いて作業を行なうときは、クレーンの運転について一定の合図を定め、合図を行なう者を指名して、その者に合図を行なわせなければならない。ただし、クレーンの運転者に単独で作業を行なわせるときは、この限りでない。
つまり、「現場ごとに合図を決め、誰が合図するかを指名する」ことは事業者の義務です(運転者に単独で作業を行なわせるときを除く)。外国人を含む班では、特に以下の3点を事前に確認・統一してください。
- 手合図の意味を母語で確認する: JIS B 8806(クレーン合図)を参考に、各合図の動作と意味を母語で説明した資料を作成し、班全員で共有する
- 笛・無線での言葉を統一する: 「ゴーゴー(巻き上げ)」「ストップ」「スローダウン」など現場で使う掛け声を統一し、外国人作業員がとっさに判断できるよう練習する
- 緊急停止の合図を最優先で習得させる: 「止まれ」の合図は1つに絞り、言語・身ぶりの両方で確実に習得させる
クレーン則第220条・第217条:作業開始前点検と用具の使用禁止
玉掛け用具には作業開始前の点検義務(クレーン則第220条)があります。外国人作業員が自ら点検できるよう、チェック項目を母語で記載した点検表の活用が効果的です。
また、変形・き裂のある金具(シャックル・フック等)の使用は禁止されています(クレーン則第217条)。「まだ使える」という主観的判断が事故につながるケースがあるため、廃棄基準を絵や写真で示す多言語掲示物の活用を検討してください。
記録保管(安衛則第38条):3年間の義務
特別教育を実施した事業者は、受講者・科目・時間・実施年月日・担当講師を記録し、3年間保存する義務があります(安衛則第38条)。
記録フォーマットに法定様式はありません。ただし、元請や監督署から提示を求められた際にすぐに提出できることが実務上の要件です。
外国人受講者がいる場合、記録には氏名のローマ字表記または在留カード番号を合わせて記載しておくと、同一人物の特定が容易になります。eラーニングで学科を実施した場合は、受講ログ(動画の視聴開始・終了時刻、操作記録等)をダウンロードして保管してください。
Labonaの学科受講証明書について: Labona が発行するのは「学科を受講した事実の証明書」です。特別教育の「修了証」を事業者として発行するかどうか、および安衛則第38条に基づく記録の作成は事業者の責任で行ってください。
まとめ
つり上げ荷重1t未満の玉掛け業務に特別教育が必要な根拠と、外国人への実施方法を解説しました。要点を整理します。
- 法令根拠: 玉掛けの業務(安衛則第36条第19号)・クレーン則第222条(クレーン取扱い業務等特別教育規程 第5条)
- カリキュラム: 学科5時間(知識・力学・玉掛け方法・法令)+実技4時間(玉掛け・合図)
- 外国語実施: 学科はeラーニングで可能(令和3年通達の4要件を満たすこと)、実技は対面必須
- 合図: クレーン則第25条に基づき事業者が統一し、母語でも確認する
- 記録: 受講者・科目等を作成して3年保存(安衛則第38条)
外国人労働者が安全に玉掛けを行うためには、法令上の手続きを整えるだけでなく、実際に理解して作業できる教育が必要です。母語での学科受講と丁寧な実技指導の組み合わせが、現場の安全につながります。
よくある質問
実技は誰が教えてもよいですか?
特別教育の実技講師に法定の資格や免許は求められていません。「当該業務に関し十分な知識・経験を有する者」が担当できます。社内の熟練作業員が担当し、外国人受講者には通訳や母語の補助資料を使いながら実施するのが現実的です。ただし、安衛則第38条に基づく記録に担当講師の氏名と略歴を残してください。
1t以上の玉掛けもする予定の作業員にはどちらを受講させますか?
1t以上の玉掛けは技能講習の修了が就業の要件になります(安衛令第20条第16号)。技能講習修了者は1t未満の玉掛けも行えるため、将来的に1t以上の玉掛けも想定する場合は最初から技能講習を受講させる選択肢を検討してください。詳しくは玉掛け業務特別教育と玉掛け技能講習の違いをご参照ください。
特別教育の修了証は自社で発行してよいですか?
はい。玉掛け特別教育の修了証は技能講習の技能講習修了証(国が交付様式を定めるもの)とは異なり、様式・記載事項に法定のフォーマットはありません。事業者が独自に作成して発行できます。ただし、安衛則第38条に基づく記録の作成と3年保存は別途行ってください。
特別教育の後に定期的な再教育は必要ですか?
労働安全衛生法第60条の2は、危険有害業務に現に就いている労働者への定期的な安全衛生教育を事業者の努力義務としています。玉掛け業務はその対象です。おおむね5年ごとの実施が推奨されますが、罰則のある義務ではありません。詳細は玉掛け業務従事者安全衛生教育(定期教育)を外国人に実施する方法をご覧ください。
