動力プレスのラインで金型交換や安全装置の取付けを担当する従業員に、特別教育を受けさせたい。外部機関の日程が合わない、なるべくコストを抑えたいと悩む安全衛生担当者は少なくありません。動力プレスの金型等の取付け・取外し・調整に係る特別教育は、学科8時間をeラーニングで受講できます。ただし実技2時間は講師と同一場所での対面が必要です。この記事では法令の根拠と、社内で実技を実施するための具体的な手順を解説します。
はじめに
「動力プレスの特別教育をeラーニングだけで完結できるか」への答えは**「学科はオンライン可・実技は不可」**です。
学科8時間はeラーニングで実施できます。実技2時間は、令和3年1月25日付の厚生労働省通達(基安安発0125第2号)により、講師と受講者が同一の場所にいることが必須とされています。
この2点を前提に、以降では対象業務の確認・時間数の根拠・社内実施の手順を整理します。
対象業務と法令の根拠
どの作業が対象か
労働安全衛生規則(安衛則)第36条第2号は、次の業務に就く労働者に特別教育を行うよう事業者に義務づけています。
動力により駆動されるプレス機械(以下「動力プレス」という。)の金型、シヤーの刃部又はプレス機械若しくはシヤーの安全装置若しくは安全囲いの取付け、取外し又は調整の業務
金型交換・安全装置の点検・取付けを行う担当者が主な対象です。プレスのスタートボタンを操作するだけの作業者や、材料の送給のみを行う作業者は、この号の対象にはなりません。
なお、条文の対象は「動力により駆動される」プレス機械です。人力だけで加圧する手回し式・足踏み式のプレスは動力プレスにあたりません。一方、モーターやフライホイールで駆動し、起動の操作だけを足踏みペダルで行う機械は動力プレスに含まれます。自社の機械がどちらにあたるか判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署に確認してください。
教育義務の根拠
事業者は、当該業務に就かせる前にあらかじめ特別教育を実施する義務があります(労働安全衛生法第59条第3項)。教育なしで業務に就かせた場合、同法第119条違反となり、6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が適用されます(2025年6月1日施行の刑法改正により「懲役」から「拘禁刑」へ変更)。
「金型交換は毎日やっていることだから、いまさら教育しなくてもいい」という話を現場で耳にすることがあります。しかし未受講のまま就業させていた期間は要件を満たしていないため、何かあったときに遡って問題になります。
学科8時間の内訳とeラーニング対応
学科8時間はeラーニングで実施できます。以下に科目と時間数の根拠を整理します。
科目と時間数
安全衛生特別教育規程 第3条(昭和47年9月30日 労働省告示第92号)が定める学科の科目と時間は次のとおりです。
- プレス機械又はシヤーおよびこれらの安全装置・安全囲いに関する知識: 2時間
- プレス機械又はシヤーによる作業に関する知識: 2時間
- 金型・刃部・安全装置・安全囲いの点検、取付け、取外し、調整等に関する知識: 3時間
- 関係法令(法・令・安衛則の関係条項): 1時間
合計は8時間です。
eラーニングで実施できる根拠
令和3年1月25日付の厚生労働省通達「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(基安安発0125第2号)により、特別教育の学科はeラーニングで実施できることが明確化されました。
eラーニングで学科を実施するための要件は次のとおりです。
- 内容の充足: 安全衛生特別教育規程の定める科目・範囲をカバーしていること
- 時間の担保: 法定時間(8時間)以上で、受講時間を証明できること
- 講師・教材制作者: いずれも当該業務に十分な知識又は経験を有していること
- 質問対応体制: 受講者からの質問を受け付け、回答できる仕組みがあること
- 受講確認: 受講した事実を確認できる記録(再生ログ等)があること
自社でeラーニング環境を整備する方法と、外部のeラーニングサービスを利用する方法の2つがあります。
各科目で学ぶ内容
プレス機械・シヤーおよびその安全装置・安全囲いに関する知識(2時間)
機械の種類(クランクプレス・液圧プレス・シヤー等)と構造・駆動原理を学びます。光線式・両手操作式・手払い式などの安全装置の種類と仕組みもここで扱います。
プレス機械・シヤーによる作業に関する知識(2時間)
材料の送給・製品の取出し方法、異常時の処理手順、プレス作業全般にわたる危険のポイントを学びます。
金型・刃部・安全装置・安全囲いの点検、取付け、調整等に関する知識(3時間)
学科の中核となる科目です。金型の搬送・据付け・固定の手順、安全ブロックの使い方、刃部(シヤー刃)の取付け・取外し、安全装置の調整と機能確認の方法を学びます。
関係法令(1時間)
労働安全衛生法・同施行令・安衛則の関係条項を学びます。
実技2時間を社内で実施する手順
実技はオンライン不可
基安安発0125第2号通達の別表は、特別教育の要件として「実技教育について、講師と同一場所で対面により実施していること」を挙げています。オンライン会議システム等を通じた実施は認められていません。
金型交換の実技では、ミスが重篤な挟まれ災害に直結します。安全装置が正常に作動することを実機で確認しながら体得するプロセスは、画面越しでは代替できません。
社内実施のポイント
講師について
実技の講師に法定の資格要件はありません。「十分な知識・経験を有する者」が担当することが求められます(通達の趣旨)。社内のベテラン作業者や安全衛生担当者が務めるケースが多いです。
設備について
自社で使用しているプレス機械・金型・安全装置を使って実施できます。実際の現場設備を使うことで、受講者が業務開始直後にすぐ手順を応用できます。
実施手順の例
- eラーニングで学科8時間を受講・修了
- eラーニング事業者から受講証明書・受講ログを取得
- 社内で実技の日程・担当講師・使用設備を決定
- 以下の内容で2時間以上の実技を実施:
- 金型の搬送・据付けと固定の手順
- 安全ブロックの取付けと確認
- 取付けボルトの締付け順序・確認
- 安全装置(光線式・両手操作式等)の取付けと動作確認
- 調整後の寸動・試打と最終確認
- 実技の記録(受講者・科目・日時・時間・担当講師)を作成
- 学科・実技の記録をまとめて3年間保存
現場を止める時間を抑えたい場合は、学科を各自のペースで数週間かけて受講させ、一定の人数が学科を終えた時点で実技をまとめて1日で実施する組み方が有効です。実技の日程と設備を自社で決められる点が、外部の集合研修との大きな違いです。
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作業主任者との役割の違い
プレス機械作業主任者とは
プレスを5台以上使用する事業場で、プレス機械による作業を管理するためには、プレス機械作業主任者(安衛令第6条第7号の技能講習)の選任が必要です。
特別教育と技能講習の違いをひとことで言うと、「特別教育は作業者本人が受ける教育、技能講習は作業を管理・指導できる立場を取得する制度」です。
誤解を防ぐ: 「特別教育を受ければ作業主任者を兼ねられる」ということはありません。5台以上の事業場では両方の要件を別に満たす必要があります。また、プレスが5台未満でも特別教育の実施義務は変わりません。
なお、定期的な「能力向上教育」(安衛法第60条の2)については、法令上の努力義務であり、義務ではありません。
外国人労働者への実施
外国人労働者に動力プレスの特別教育を行う場合、日本語能力に応じた配慮が理解の定着を助けます。eラーニングを多言語対応のものにすれば、学科部分の言語バリアを減らすことができます。
受講記録の作成と保存
特別教育を実施した事業者は、受講者・科目等の記録を作成し、3年間保存しなければなりません(安衛則第38条)。記録義務を負うのは事業者です。
eラーニングを使った場合、学科の受講記録はeラーニング事業者が発行する受講証明書や受講ログで補うことができます。ただし、最終的な記録の管理責任は事業者にあります。実技の記録は自社で作成します。
記録に含めるべき主な項目:
- 受講者の氏名
- 受講日・実施時間
- 実施した科目と時間数
- 担当講師の氏名(実技)
- 使用した教材・サービス名(学科eラーニングの場合)
Labona が発行するのは学科受講証明書(学科を受講した事実の証明)です。特別教育の「修了」を認定するのはあくまで事業者の判断です。
まとめ
動力プレスの金型等の取付け・取外し・調整に係る特別教育の要点をまとめます。
- 根拠法令: 安衛則第36条第2号・安全衛生特別教育規程第3条
- 学科: 8時間(eラーニング実施可・令和3年1月25日 基安安発0125第2号)
- 実技: 2時間(講師と受講者が同一場所での対面が必須)
- 社内実施: 自社設備・自社講師で実施可。講師に法定資格要件なし
- 記録: 受講者・科目等の記録を3年間保存(安衛則第38条)
学科をeラーニングで先に済ませ、複数人が受講した後に実技をまとめて実施するサイクルを組むと、現場の稼働への影響を最小限に抑えられます。
よくある質問
Q. 手動式・足踏み式プレスや小型の卓上プレスも特別教育の対象ですか?
安衛則第36条第2号の対象は「動力により駆動されるプレス機械」です。したがって、人力だけで加圧する手回し式・足踏み式のプレスは対象外です。卓上プレスでも、モーター等の動力で駆動するものは大きさを問わず対象になります(起動を足踏みペダルで行うだけの機械は動力プレスです)。判断に迷う場合は所轄の労働基準監督署に確認してください。
Q. 金型の交換を外部業者に委託している工場でも特別教育は必要ですか?
自社の従業員が金型の取付け・取外し・調整を一切行わないのであれば、自社従業員への特別教育の実施義務は生じません。ただし、外部業者が金型交換を行う場合、その業者の従業員が適切な特別教育を受けているかを確認することが安全管理上重要です。材料の送給・製品の取出しのみ行う自社作業者は対象外です。
Q. eラーニングで学科を受講した場合、どのように記録を残せばよいですか?
eラーニング事業者が発行する受講ログ・受講証明書(学科受講の事実を証明するもの。特別教育の修了証ではありません)を保存するとともに、事業者側でも受講者・科目・受講日・時間数を記録した台帳を作成してください(安衛則第38条)。この記録は3年間保存する義務があります。
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