ケーソン工法や圧気シールド工事では、大気圧を超える高気圧環境の中で作業が行われます。こうした高圧室内業務に外国人労働者を従事させる現場が増える一方、「外国人に減圧症の説明が正確に伝わっているか」を確認している担当者はまだ多くありません。高圧室内業務には安衛則第36条第24の2号に基づく特別教育(学科7時間以上)が義務です。外国人労働者が日本語だけで受講しても、理解できていなければ安全配慮義務違反となるリスクがあります。法令根拠・カリキュラム・外国語実施の要件をまとめて解説します。
高圧室内作業特別教育の法令根拠と対象業務
高圧室内業務の特別教育は、労働安全衛生法(労安法)第59条第3項と、労働安全衛生規則(安衛則)第36条第24の2号を根拠とします。カリキュラムの詳細は高気圧作業安全衛生規則(高圧則、昭和47年労働省令第40号)第11条第2項の別表に定められています。
対象となる業務は「高圧室内業務」——気密が保たれた大気圧を超える気圧の作業室(潜函内、シールド機内など)で行う作業です。以下のような現場が含まれます。
- ケーソン工法(橋梁基礎・埋立地の地下構造物工事)
- 圧気シールド工法(都市部の地下鉄・下水道トンネル掘削)
- 潜函工事(河川・港湾の水中基礎工事)
単に地下空間で作業するだけ(酸欠危険のある地下室での作業など)は対象外です。「大気圧を超える気圧環境下で働く」という点が対象条件です。
特別教育を実施しないまま従事させた場合は、労安法第119条(6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)の対象となります。
労働安全衛生法第59条第3項:「事業者は、危険又は有害な業務で、厚生労働省令で定めるものに労働者をつかせるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない。」
カリキュラム詳細——学科7時間以上の内訳
高圧室内業務の特別教育は、学科7時間以上の構成です。高圧則第11条第2項の別表に定められた学科5科目は以下のとおりです。
学科の5科目(高圧則第11条第2項別表)
- 圧気工法の知識
- 圧気工法に係る設備(送気設備・気こう室の構造など)
- 急激な圧力低下・火災等の防止
- 高気圧障害の知識(減圧症・酸素中毒・窒素酔い)
- 関係法令(高圧則・労安法との関係)
各科目の時間配分は、高圧則第11条第3項の委任を受けた高気圧業務特別教育規程(昭和47年労働省告示第129号)第6条に定められています。
| 科目 | 時間 |
|---|---|
| 圧気工法の知識に関すること | 1時間以上 |
| 圧気工法に係る設備に関すること | 1時間以上 |
| 急激な圧力低下、火災等の防止に関すること | 3時間以上 |
| 高気圧障害の知識に関すること | 1時間以上 |
| 関係法令 | 1時間以上 |
| 合計 | 7時間以上 |
配分で最も重いのは「急激な圧力低下、火災等の防止」の3時間です。高圧室内業務には実技科目は定められていません(同じ高圧則第11条でも、送気の調節やバルブ操作の業務には実技が課されます)。
この7時間という分量は、他の特別教育と比べても長い部類に入ります。参考までに、足場の組立て等の業務は6時間、フルハーネス型墜落制止用器具を用いて行う作業は学科4.5時間+実技1.5時間です。これは高気圧障害が生命に直結するリスクであり、正しい知識なしに作業させることの危険性が非常に高いためです。
受講記録は安衛則第38条により3年間の保管義務があります。記録には実施年月日・受講者の氏名・教育科目・担当講師名を含めてください。
外国人への実施義務——「日本語のみ」では不十分な理由
「受講させた記録があれば問題ない」という考え方では安全配慮義務を満たせません。安全配慮義務(労働契約法第5条)は、労働者が「理解できる状態で業務に就いた」かどうかを問います。
率直に言えば、日本語で受講させた記録だけでは、万が一の労災発生時に安全配慮義務違反を問われる可能性があります。大阪地裁2024年7月31日判決では、日本語のみで安全衛生教育を実施した会社が安全配慮義務違反と認定されたと報告されています(判決文は公表されておらず、関西労働者安全センターの報告に基づく記述です)。報告によれば、日本語だけの教材と短い実演では、プレス機の危険性と取扱方法について十分な説明を受けていたとは評価できないとされました。
高圧室内業務は、理解不足が直接的な死亡事故につながりうるリスクが特に高い業務です。記録の形式を整えるだけでなく、本人が内容を理解した状態で業務に就かせることが法令の趣旨です。
減圧症を母語で伝えることが特に重要な理由
高圧室内作業の最大リスクは「減圧症(ケーソン病・潜函病)」です。高気圧環境から急激に低気圧環境に移ったとき、血液中に溶けていた窒素が気泡化して血管を塞ぎ、関節痛・麻痺、最悪の場合は死亡に至ります。
外国人労働者の「急いで作業を終わらせたい」「早く地上に出たい」という自然な行動習慣が、減圧停止(一定の気圧レベルで定められた時間を過ごす手順)の省略につながるリスクがあります。減圧停止の「なぜ」が母語で理解されていない場合、ベテランの外国人労働者でも手順を飛ばしてしまうことがあります。
「溶存窒素」「気泡化」「減圧停止」「段階的減圧」という概念は、日本語でも理解に時間がかかる専門的な内容です。身体の内側で起きているメカニズムを正確に伝えるには、母語に翻訳された教材が不可欠です。
学科5科目のうち「高気圧障害の知識」は、この業務の危険性を理解する核心にあたります。この科目こそ母語対応の優先度が最も高い部分です。
多言語対応の実際——5言語対応教材の選定基準
外国人労働者に高圧室内業務の特別教育を実施する方法は大きく3つあります。
1. 社内通訳・自社翻訳で対応する
通訳できる人材がいる場合に有効な手段です。ただし「減圧停止」「酸素毒性」「窒素飽和」「高気圧障害」などの専門用語を正確に翻訳するには技術的背景知識が必要です。7時間の講習を全て通訳するコストは相当で、継続的な運用には向きません。
2. 外部翻訳ベンダーに依頼する
専門用語の品質は高まりますが、初期コストが高い。5言語分の教材を準備すると数十万円規模の費用になることがあります。高圧則が改正された場合の更新コストも継続的に発生する点を見落とさないでください。
3. 多言語対応のeラーニングを活用する
選ぶ際は以下の点を確認してください。
- 高圧則第11条に定める5科目を7時間以上カバーしているか
- 映像・音声・テキストのすべてが対象言語で提供されているか(字幕のみでは不十分な場合がある)
- 受講記録が電子保存され、元請け・監督署への即時提示が可能か
- 減圧症のメカニズムを図解や映像で視覚的に説明しているか
- 理解度確認テストが含まれているか(3年保管の要件確認のため)
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高気圧作業安全衛生規則(高圧則)との関係
高圧室内業務の特別教育は、安衛則第36条第24の2号を根拠とし、科目は高気圧作業安全衛生規則(昭和47年労働省令第40号)第11条第2項、時間数は高気圧業務特別教育規程(昭和47年労働省告示第129号)第6条に定められるという三層構造です。
高圧則は特別教育以外にも、高圧室内作業に関する多くの規制を定めています。
- 高圧則第10条:作業主任者の選任(高圧室内作業主任者免許を受けた者のうちから、作業室ごとに選任)
- 高圧則第13条:立入禁止(必要のある者以外の気こう室・作業室への立入禁止と掲示)
- 高圧則第14条:加圧の速度(毎分0.08メガパスカル以下)
- 高圧則第18条:減圧の速度等(毎分0.08メガパスカル以下、減圧を停止する圧力と時間の設定)
- 高圧則第20条:減圧時の措置(気こう室の照度20ルクス以上、室温10度以下では保温用具など)
作業主任者(高圧室内作業主任者免許を受けた者)の選任と、作業従事者全員への特別教育は別の義務です。作業主任者がいれば特別教育を省略できるという誤解がありますが、作業に従事させるすべての労働者への特別教育は個別に義務として課されています。
まとめ
高圧室内業務(ケーソン・圧気シールド・潜函工事)に従事させる労働者には、安衛則第36条第24の2号に基づく特別教育(学科7時間以上)が義務です。外国人が日本語だけで受講しても内容を理解できていなければ、安全配慮義務違反となるリスクがあります。
特に「減圧症」のメカニズムと「減圧停止」の手順は、本人が理解できる言語で正確に伝えることが不可欠です。身体への影響は直感では理解しにくく、母語での説明が事故防止の鍵となります。5言語対応のeラーニングを活用することで、法令適合と記録管理を効率よく実現できます。
よくある質問
Q. 高圧室内作業主任者の資格を持つ人がいれば、特別教育は不要ですか?
不要にはなりません。高圧室内作業主任者は技能講習ではなく免許です(高圧則第47条:高圧室内業務に2年以上従事し、高圧室内作業主任者免許試験に合格した者に都道府県労働局長が与える)。この免許と特別教育は別の制度で、作業主任者は作業の指揮・監督を行う役割のためのものです。高圧室内業務に従事するすべての労働者が受けるべき特別教育の代替にはなりません。
Q. 外国人が日本語で受講した記録があれば問題ありませんか?
記録があっても、本人が理解できていなければ安全配慮義務違反となる可能性があります。大阪地裁2024年判決(報告による)でも、日本語だけの教材と短い実演では危険性と取扱方法を十分に説明したとは評価できないとされました。高圧室内業務では特に、母語での理解確認が重要です。
Q. オンライン(eラーニング)で高圧室内業務の特別教育を実施しても問題ありませんか?
問題ありません。厚生労働省は2021年1月25日付通達で、安全衛生教育のオンライン実施を公式に認めています。学科7時間以上の全部または一部をeラーニングで実施できます。ただし、本人確認・理解度確認・受講記録の3年保管(安衛則第38条)が要件です。
Q. 特別教育の受講記録は何年保管が必要ですか?
安衛則第38条により3年間の保管が義務づけられています。記録には実施年月日・受講者の氏名・教育科目・時間数が必要です。外国人労働者の場合は、使用言語もあわせて記録しておくと元請け監査対応がスムーズです。
関連ガイド
参考一次資料
- 労働安全衛生法 第59条・第119条(e-Gov 法令検索)
- 労働安全衛生規則 第36条第24の2号・第38条(e-Gov 法令検索)
- 高気圧作業安全衛生規則 第10条・第11条・第13条・第14条・第18条・第20条(e-Gov 法令検索)(本稿執筆時にAPIで第11条第2項別表の5科目および第10条・第47条の免許要件を確認)
- 高気圧業務特別教育規程(昭和47年労働省告示第129号)第6条(厚生労働省法令等データベース)(学科5科目の時間数 1+1+3+1+1=7時間を確認)
- 厚生労働省 外国人雇用状況の届出状況まとめ 令和6年10月末時点
