要約
- 安全配慮義務(会社が従業員を危険から守る責任)は 労働契約法第5条 が根拠。外国人労働者にも例外なく及ぶ
- 日本語の不自由な労働者に 日本語のみの教材 で教育を行ったケースで、会社の責任が認定された判決が出ている(大阪地裁2024年7月31日)
- 労安法第59条(雇入れ時の安全衛生教育)の「実施した記録」だけでは防御にならない。本人が理解できる方法だったか まで問われる
- 賠償額は数千万円規模になる事例があり、信用失墜・取引停止などの二次被害も大きい
- 対策は ①理解度の事前確認 ②母国語教材または「やさしい日本語」+ 視覚教材 ③理解度テストの記録保管 の3点セット
外国人労働者を雇用する会社の法務・総務・経営層から、こんな相談が増えています。「日本語の教材で安全教育をしているが、もし労災が起きたらどうなるか」。率直に申し上げると、この論点は 2024年の判決で実務上の答えが出ています。
本記事では、安全配慮義務とは何か、外国人労働者にどこまで及ぶか、違反が認定された判例、会社が取るべき対策を、法務担当者の視点で整理します。労安法上の教育義務(労安法第59条=雇入れ時の安全衛生教育の義務)との切り分けも押さえておきましょう。
1. 安全配慮義務とは — 労働契約法第5条が定める使用者の責任
ここでは安全配慮義務の根拠条文と、労安法との二層構造を整理します。「労安法を守れば足りる」という誤解を最初に解いておきましょう。
安全配慮義務は、労働契約法第5条(つまり、会社は雇った人の命と体の安全を守る配慮をしなければならない、と定めた法律)に明文化された使用者の義務です。
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
短い条文ですが、ここがポイントです。判例は積み重ねの中で、「必要な配慮」は労安法を守るだけでは足りない、と整理してきました。
1-1. 労安法と安全配慮義務の二層構造
実務でよく混同されるので最初に整理します。
| 観点 | 労働安全衛生法 | 安全配慮義務(労働契約法5条) |
|---|---|---|
| 性格 | 公法上の義務(行政取締法規) | 私法上の義務(労働契約に付随) |
| 違反時の制裁 | 監督署の是正勧告・刑事罰 | 損害賠償請求 |
| 義務の範囲 | 法令に明示された最低基準 | 個別具体的な事情に応じた配慮 |
| 履行の判断 | 法定項目を実施したか | 実質的に労働者を守れたか |
ⓘ この表をざっくり言うと
労安法は「国が会社に課す最低限のルール(破ると行政処分や罰金)」、安全配慮義務は「会社と労働者の契約に基づく追加責任(破ると会社が労働者個人へ損害賠償)」。同じ労災でも入口が2つあると考えてください。
労安法は「最低限ここまではやれ」というラインです。安全配慮義務はその上に、 個々の状況に応じた追加の配慮 を求めます。「法令を守っていれば足りる」ではありません。
ⓘ 労安法を守れば安全配慮義務も果たした、は誤解
労安法はあくまで最低基準。たとえば法定外でも危険が予見される作業については、追加の教育や安全装置が必要です。「法定教育は実施した」だけでは安全配慮義務の履行とはみなされない、という整理が定着しています。
1-2. 「予見可能性」と「結果回避義務」の二段構え
判例は安全配慮義務違反を、次の2要素で判断します。
- 予見可能性: 災害が起きるリスクを使用者が予見できたか
- 結果回避義務: 予見できたリスクに対して、回避措置を取ったか
外国人労働者の場合、「日本語が十分でない労働者に日本語だけで教育した」状況は、災害発生のリスクを 予見できた と評価されやすい。にもかかわらず母国語教材や通訳を用意しなかったとなると、結果回避義務を怠ったと判断される構造です。
2. 外国人労働者に安全配慮義務が及ぶ範囲
ここでは「外国人だから配慮を減らせるのか」という素朴な疑問に答えます。結論はノー。むしろ判例は、個別事情に応じた手厚い配慮を求めています。
2-1. 日本語能力に応じた配慮
労働者の日本語能力は人によって大きく違います。N1相当で日常業務に支障がない人もいれば、来日数ヶ月で簡単な挨拶もままならない人もいる。安全配慮義務の枠組みでは、 その労働者の理解度を前提とした教育 が求められます。
正直なところ、「うちはベトナム語版を渡しているから大丈夫」と即答する会社は多い。ただ、本人の識字率や教育歴を確認しているケースは少数派です。母国語版があれば足りる、ではないのです。
2-2. 在留資格と業務内容の整合
技能実習・特定技能・育成就労(2027年4月施行予定の新制度)など、在留資格ごとに従事できる業務範囲が決まっています。許可された業務範囲を超えて危険な業務に就かせていた場合、それ自体が労働関連法違反です。同時に、安全配慮義務違反の評価でも不利に働きます。
2-3. 厚労省ガイドラインが示す配慮内容
厚生労働省「外国人労働者の安全衛生対策のためのガイドライン」(2020年策定)は、以下を求めています。
- 母国語による安全衛生教育の実施
- 視覚的に理解しやすい教材(図・写真・動画・ピクトグラム)の活用
- 災害防止のための指示・注意喚起を理解できるよう、必要な日本語と基本的な合図の習得支援
- 母国語による相談窓口の整備
ガイドラインそのものに法的な強制力はありません。ただし 安全配慮義務違反を判断する場面で「やるべきだった措置」の参照基準 として機能しています。
ガイドラインは法律ではない。しかし「ガイドラインに書かれているのに実施していなかった」という事実は、訴訟で確実に企業側の不利に働く。
3. 違反認定の最重要判例 — 大阪地裁2024年7月31日判決
ここでは、外国人労働者の「理解できない安全教育」を真正面から違反と認めた判決を読み解きます。事実と判旨を整理した上で、実務への教訓を抽出します。
外国人労働者に対する安全配慮義務違反を正面から認めた近年の判決があります。 大阪地方裁判所2024年7月31日判決 です。事案を一言で要約すると「日本語が読めないベトナム人労働者にベトナム語教材を用意せず、日本語のみで安全教育した会社の責任が認定された事例」。判決のポイントを整理します。
3-1. 事案の概要
- 日本語の読み書き・会話がほぼできなかった ベトナム人労働者 が、製造業の現場でプレス機を操作中に手指を負傷
- 会社の安全教育は 日本語の教材のみ で実施されており、ベトナム語の教材は用意されていなかった
- プレス機の安全装置の鍵管理にも不備があった
3-2. 裁判所の判断
裁判所は次のように判示しました(要旨)。
- 男性が日本語を読めず、ほとんど会話もできない状況で、安全教育用の教材は日本語のみだった
- ベトナム語の教材を用意していなかったことは、 労働者が理解できる形での教育を怠った と評価される
- プレス機の安全装置の鍵管理も不適切だった
- 男性に安全な操作方法を教育していれば事故は防げた として、会社の安全配慮義務違反を認定
つまり、「教育の記録」は存在したものの、 本人が理解できなかった以上、教育を実施したとは評価されなかった という判断です。
⚠️ 記録があっても防御にならない理由
裁判所は「教育を実施した形式」より「実質的に労働者が理解できたか」を重視します。日本語の教材を渡した・サインをもらった、という形式論では安全配慮義務を果たしたとは評価されません。
3-3. この判決から読み取るべき教訓
この判決は、外国人労働者の安全教育に関する 会社の責任ライン を明確にしました。教訓は以下の3つです。
- 日本語のみの教材は、それ自体がリスク: 日本語能力が低い労働者がいる時点で、母国語教材または同等の理解可能な教材が必要
- 理解度の確認が義務化された: 教材を渡した、では足りない。理解できたかの確認まで会社の責任
- 設備管理と教育は一体評価: 鍵管理の不備が同時に指摘されたように、教育不備と設備管理不備は組み合わせて評価される
4. 違反が認定された場合の企業リスク
ここでは違反認定の代償を、金銭・行政・事業継続の3層に分けて整理します。賠償金額そのものより二次被害の方が深刻なケースが多い、というのが実感です。
4-1. 直接的な金銭リスク
- 損害賠償: 治療費・休業損害・慰謝料・逸失利益。重篤な場合は数千万円規模
- 遺族補償: 死亡事案では1億円超の事例も
- 労災保険給付との関係: 労災保険でカバーされる範囲を 超える部分 について民事賠償の対象になる
4-2. 行政・刑事リスク
- 労働基準監督署による是正勧告・指導
- 重大事案では 送検(刑事事件として検察庁へ書類が送られること)に至るケースも(労安法違反として)
- 監督署の特別監督対象になり、他の労働条件まで包括的に調査される
4-3. 事業継続上のリスク
- 元請・取引先からの 取引停止・指名停止(建設業では実務上きわめて重い)
- 公共工事の入札参加資格停止
- メディア報道による信用失墜
- 採用活動への影響(特に外国人労働者からの信頼喪失)
⚠️ 「労災保険があるから大丈夫」は誤り
労災保険は災害発生時の労働者保護の最低限のセーフティネットです。会社の安全配慮義務を免除するものではありません。安全配慮義務違反による民事賠償は、労災保険給付とは 別建て で発生します。
5. 統計が示す現実 — 外国人労働者の労災は急増している
ここでは判例の話を一度離れ、足元の統計を3点だけ確認します。数字を見ると、なぜ国も司法も外国人労働者の安全に厳しい目を向けるのかが腑に落ちます。
5-1. 死傷者数の推移
厚生労働省「令和6年 外国人労働者の労働災害発生状況」によれば、外国人労働者の労災による休業4日以上の死傷者数は次のように推移しています。
| 年 | 死傷者数 |
|---|---|
| 平成20年(2008年) | 1,443人 |
| 令和6年(2024年) | 6,244人 |
16年で約4倍 です。背景には外国人労働者数の増加(2026年時点で過去最高の257万人規模)もあります。ただ、死傷年千人率(労働者1,000人あたりの被災者数)も2.71で、全体平均を上回る水準。母数の増加だけでは説明がつきません。
5-2. 業種別の偏り
令和6年の業種別シェアは以下のとおり。
| 業種 | シェア |
|---|---|
| 製造業 | 48.3% |
| 建設業 | 17.6% |
| その他 | 34.1% |
製造業と建設業で約66%。これらの業種では機械災害(はさまれ・巻き込まれ)と墜落・転落が多い。現場の安全教育の実効性が、災害件数に直接跳ね返ります。
5-3. 国の方針
厚労省は 第14次労働災害防止計画(2023〜2027年度)で、「外国人労働者の死傷年千人率を令和9年(2027年)までに労働者全体の平均以下にする」を明示的な目標として掲げています。
つまり行政は外国人労働者の安全対策を 重点監督領域(監督署が優先的に取り締まる分野)と位置付けました。監督署の臨検指導(労働基準監督官が職場を立入調査すること)も、外国人雇用企業を意識した運用に変わりつつあります。
ⓘ 現場担当者の方向け:このセクションのざっくりまとめ
「外国人の労災は16年で約4倍に増えていて、製造と建設で2/3を占める。国も2027年までに減らすと宣言済み。だから監督署も外国人を雇う会社をしっかり見ている」と理解しておけば十分です。
6. 企業が今すぐ着手すべき対策 — 5つのステップ
ここまでの判例と統計を踏まえ、安全配慮義務違反のリスクを下げる実務対策を5ステップで整理します。順番に着手するだけでも、判例上の防御線は大きく前に進みます。
Step 1. 日本語能力の事前把握
雇入れ時に各労働者の日本語能力(読み・書き・会話)を確認し、 個別ファイルに記録 します。記録項目はたとえば、JLPTのレベル、漢字読解の可否、専門用語の理解度を5段階程度で評価。「全員N3以上のはず」といった集団認識ではなく、個人単位の記録が判例上重要です。
Step 2. 教材の言語対応マトリクスを作成
雇用している外国人労働者の母国語と、保有している教材の言語をマトリクスで管理します。空欄のセルが「リスク領域」。優先度の高い言語(労働者数が多い・危険業務に従事している)から順次、母国語教材または「やさしい日本語+ピクトグラム」教材を整備します。
Step 3. 理解度テストの実施と記録
教育実施後に理解度テストを行い、 合格基準(例: 80%正答)に達するまで再教育 します。テスト用紙またはeラーニングのスコアログを 3年以上 保管。判例上、これが「本人が理解できた」ことの証跡になります。
Step 4. 現場掲示物・指示の多言語化
教育だけでなく、日常の安全指示・KY活動・危険箇所の掲示物も多言語またはピクトグラムで整備。「現場で日本語の指示が理解できなかった」状況自体を作らない設計が、災害発生時の予見可能性評価で重要になります。
Step 5. 相談窓口とエスカレーション経路の整備
母国語で相談できる窓口(社内通訳・外部委託・監理団体経由など)と、安全に関する懸念を経営層に上げる経路を整備します。労働者本人が「危ない」と感じても言い出せない構造は、安全配慮義務違反の評価で会社に不利に働きます。
7. 実務でよくある誤解と、その正しい整理
最後に、現場でよく耳にする誤解を3つ整理します。どれも経営層から「これで大丈夫だよね」と聞かれがちな論点です。
| よくある誤解 | 判例・行政の整理 |
|---|---|
| 労安法の教育を実施したから安全配慮義務も果たした | 労安法は最低基準。法定教育を「理解できる形で」実施したか、法定外でも必要な教育を実施したかまで問われる |
| 母国語版の教材を渡したから OK | 渡しただけでは「理解した」証跡にならない。理解度テスト・本人確認サイン・受講記録のセットで初めて教育の実施として評価される |
| 労災保険でカバーされるから民事賠償は心配ない | 労災保険は治療費と休業補償の最低限。慰謝料・逸失利益・遺族補償の超過部分は民事賠償の対象。違反認定で数千万円規模の負担も |
7-1. 「労安法の教育を実施したから安全配慮義務も果たした」
誤りです。労安法は最低基準です。法定教育を 理解できる形で 実施したか、法定外でも必要な教育を実施したか、まで問われます。
7-2. 「母国語版の教材を渡したから OK」
実はこれ、現場で最も多い誤解です。母国語版を渡しただけでは「理解した」ことの証跡になりません。 理解度テスト・本人確認サイン・受講記録のセット が揃って初めて、実質的な教育の実施として評価されます。
7-3. 「労災保険でカバーされるから民事賠償は心配ない」
誤りです。労災保険は治療費と休業補償の最低限の給付。慰謝料・逸失利益・遺族補償の超過部分は民事賠償の対象です。安全配慮義務違反が認定されれば数千万円規模の負担が発生します。
8. まとめ
ここまでの論点を最後に圧縮します。法務総務担当者として押さえるべき骨格はこの3点です。
安全配慮義務は労働契約法第5条が根拠とする使用者の義務で、外国人労働者にも当然に及びます。2024年7月31日の大阪地裁判決は、日本語のみの教材で安全教育を行ったケースで会社の違反を認定し、「形式的な教育記録では防御にならない」ことを明確にしました。
外国人労働者の労災件数は16年で約4倍。製造業と建設業で全体の約66%を占めます。国も第14次労働災害防止計画で外国人の千人率引き下げを明示しており、監督・司法の両面で会社責任が問われる流れは強まる一方です。
対策は ①日本語能力の個別把握 ②教材言語マトリクスの整備 ③理解度テストの記録保管 ④現場掲示物の多言語化 ⑤母国語相談窓口の整備、の5点。順番に着手するだけでも、判例上の防御線は大きく前に進みます。
要点
- 安全配慮義務は労働契約法第5条が根拠。労安法の遵守だけでは履行したことにならない。
- 大阪地裁2024年7月31日判決は、日本語のみの教材で実施した安全教育を違反と認定。「理解できる形での実施」が必須。
- 違反が認定されると数千万円規模の民事賠償・取引停止・刑事送検の複合リスクが発生する。
- 外国人労働者の労災死傷者数は16年で約4倍、製造業と建設業で約66%を占める。
- 対策は「日本語能力の事前把握 → 母国語教材整備 → 理解度テスト記録 → 現場掲示物の多言語化 → 相談窓口」の5点セット。



