夜間・単独での勤務が多く、交通誘導や施設警備の現場に外国人労働者が増えています。緊急時の報告・指示が通じない、手合図の意味が伝わっていない——そうした「言語の壁」が労働災害の起点になりかねません。この記事では、警備業で押さえるべき3大リスクと、警備業法第21条・労安法第59条という二重の教育義務、そして5言語対応教材の設計ポイントを整理します。
警備業の外国人雇用 ── 特定技能・育成就労の対象外であることに注意
警備業は現在、労働力不足が深刻な業種のひとつです。令和7年10月末時点の外国人労働者数は全産業で2,571,037人と過去最多を更新しており(厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況まとめ」令和8年1月30日公表)。警備業に限った国籍別の公的統計は見当たりませんが、警備業でも外国人の雇用が広がりつつあります。
警備業は特定技能・育成就労の対象分野ではありません(2026年1月23日に閣議決定された分野別運用方針の19分野に、警備は含まれていません)。そのため警備員として働く外国人は、就労に制限のない永住者・定住者・日本人の配偶者等・永住者の配偶者等の在留資格を持つ人や、資格外活動許可を受けた留学生(原則週28時間以内)などが中心です。「技術・人文知識・国際業務」は専門的な知識を要する業務のための在留資格で、施設警備や交通誘導などの現場の警備業務に就かせることはできません。2027年4月に育成就労制度が始まっても、警備業務は対象になりません。
こうした外国人が警備業務に就く前には、警備業法第21条に基づく新任教育と、労働安全衛生法(以下「労安法」)第59条第1項に基づく雇入れ時安全衛生教育の2種類の義務が発生します。いずれも「本人が理解できる言語で」内容を届けなければ、教育を実施したことにはなりません。
警備現場の3大リスクと安全衛生教育の全体像
警備業の安全教育を設計するうえで、まず現場固有の3大リスクと対応する義務を確認します。
3大リスクと対応する義務
① 夜勤・単独勤務による孤立と緊急連絡の遅延 → 雇入れ時安全衛生教育(労安法第59条第1項・安衛則第35条)+緊急連絡手順の現場教育
② 交通誘導中の車両接触・転倒事故 → 雇入れ時安全衛生教育+警備業法第21条の業務別教育(交通誘導警備業務)
③ 屋外勤務中の熱中症・低体温症 → 雇入れ時安全衛生教育+熱中症対策(安衛則第612条の2・2025年6月1日施行の罰則付き義務)
これらは、危険・有害業務に従事させる前に義務付けられる特別教育(労安法第59条第3項)の対象業務ではありません。そのため、雇入れ時教育と警備業法の新任教育を適切に実施することが安全対策の基本です。
リスク① 夜勤・単独勤務と緊急連絡の遅延
施設警備・夜間駐車場・工事現場の単独警備では、異常発生時に上長や警察・救急へ迅速に連絡することが生死に関わります。しかし外国人警備員にとって最も難しいのが、この緊急報告です。
「非常ベルが鳴ったらどこに電話するか」「119番で何を伝えるか」——日本語で学んだだけでは、パニック状態での実行は困難です。夜勤明けの疲労状態・単独勤務中のストレスが重なると、判断力はさらに低下します。
また、異常をどのタイミングで報告すべきかの基準(「自分の判断で対応する範囲」と「すぐに連絡する範囲」の境界線)が、文化的背景によって異なることがあります。母国で「上司に余計な連絡をしない」という職場文化が染み付いている場合、日本の警備業務で求められる「小さな異変でも即報告」という行動規範が伝わりにくいことがあります。
雇入れ時安全衛生教育の8項目(安衛則第35条)には「事故時等における応急措置及び退避に関すること」が含まれています。この項目を母国語で確実に届けることが、夜勤・単独勤務リスクへの最初の対策です。
リスク② 交通誘導中の接触・転倒事故
交通誘導警備は警備業の中でも特に労働災害が発生しやすい業務です。工事現場・イベント・交差点での誘導中に、車両との接触や転倒・滑落が起きやすい環境です。
外国人警備員に特有のリスクとして、手合図の解釈の違いがあります。ベトナム・中国・インドネシアなど国によって「止まれ」「進め」を示すジェスチャーが異なり、日本の警備手合図(停止の合図・誘導の合図)を一度説明されただけでは身体に定着しにくい場合があります。
交通誘導警備業務の法的根拠
交通誘導警備業務は警備業法第2条第1項第2号に規定される業務です。業務に就く前に警備業法第21条の新任教育(業務別教育)を受けることが義務付けられており、教育内容には交通誘導警備業務の基礎知識と実際の誘導方法が含まれます。
防護服・反射ベスト・誘導棒の正しい使い方が母国語で理解されていないと、視認性の低下やヒヤリハットが増えます。「使い方は見ればわかる」という思い込みが、習慣化されていない使用法の見落としにつながります。
リスク③ 屋外作業の熱中症・低体温症
交通誘導・イベント警備・施設外周巡回など、屋外での長時間立哨は気候リスクと直結します。
熱中症リスク: 夏場の直射日光の下での長時間立哨は体感温度が上がりやすく、補水のタイミングを逃しがちです。「頑張れば乗り越えられる」という認識が根強い場合、自己判断での休息取得が遅れることがあります。
低体温症リスク: 冬季の深夜・早朝警備では、体が冷えているにもかかわらず「もう少しで交代」と我慢を続けるケースがあります。低体温症は意識レベルの変化が緩慢なため、本人が気づきにくいという特徴があります。
なお熱中症については、2025年6月1日施行の改正労働安全衛生規則第612条の2により、「暑熱な場所において連続して行われる作業等熱中症を生ずるおそれのある作業」を行う事業者に、①熱中症の自覚症状がある者等を報告させる体制の整備、②重篤化を防止する措置の内容と実施手順の策定、③これらの周知が罰則付きで義務付けられています(施行通達は、WBGT28度以上又は気温31度以上の場所で、継続して1時間以上又は1日当たり4時間を超えて行われることが見込まれる作業を対象としています)。屋外立哨の多い警備業は正面から対象になります(詳細は 熱中症対策の義務化(2025年6月施行)と外国人労働者 で解説しています)。
これらは特別教育の対象業務ではありませんが、雇入れ時安全衛生教育の「当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因及び予防に関すること」(第5号)「事故時等における応急措置及び退避に関すること」(第7号)として教育すべき内容です。屋外警備に配置する前に、気温・天候に応じた水分補給・防寒対策・緊急連絡の判断基準を母国語で説明することが安全管理上の実務要件です。
警備業法第21条と労安法第59条の二重義務
警備業における安全教育には、2つの法的根拠が重なります。
労働安全衛生法第59条第1項(雇入れ時安全衛生教育)
雇用形態・在留資格を問わず、すべての新規採用者に対して事業者が実施義務を負います。教育内容は労働安全衛生規則(安衛則)第35条が定める8項目で、「作業手順に関すること」「整理整頓・清潔保持に関すること」「事故時等における応急措置及び退避に関すること」などが含まれます。
違反した場合は労安法第120条の罰則(50万円以下の罰金)が適用されます。
警備業法第21条(警備員に対する教育)
警備業者は、警備員に対して当該警備員が従事する業務の種別に応じ、内閣府令(警備業法施行規則)で定める時間以上の教育を実施しなければなりません(警備業法第21条第2項)。新任警備員には、基本教育(警備業務実施の基本原則・法令・応急措置・護身の方法等)と業務別教育(従事する業務種別ごとの実務)を合わせて実施します。一般の警備員の場合、新任教育は基本教育と業務別教育を合わせて20時間以上、現に従事させている警備員の現任教育は毎年度10時間以上と警備業法施行規則第38条が定めています(経験者・合格証明書保持者等は短縮・免除あり。詳細は同条をご確認ください)。
この2つの義務は独立しており、警備業法の新任教育を実施したからといって労安法の雇入れ時教育が免除されるわけではありません。逆も然りです。
注意: 安衛則第38条が記録の作成と3年間の保存を義務づけているのは特別教育だけで、雇入れ時教育の記録には作成・保存を義務づける規定がありません。実務上は特別教育にならい、3年以上の保管が目安です。
言語リスク ── 「手合図」「緊急報告」が通じない現場
警備現場で実際に起きやすい言語リスクの典型パターンを整理します。
パターン1: 手合図の意味の違い 交通誘導で使用される「停止の合図」(手のひらを前に向けて腕を前方に伸ばす)は、ベトナム・インドネシアなど一部の国では「こちらへ来い」を示す動作と重なる場合があります。入社時に一度説明を受けても、繰り返しの実地練習と確認がなければ、咄嗟に誤った合図を出すリスクが残ります。
パターン2: 緊急時に何を言えばよいか分からない 異常を発見しても「日本語で説明できない」という不安から報告が遅れることがあります。「火災」「不審者」「事故」などの緊急語彙と報告フレーズ(「〇番ゲートで〇〇が発生しました」等)を、事前に母国語と対応させて練習することが有効です。
パターン3: 警備対象施設のルールが伝わらない 工場・商業施設・病院等には施設固有の構内ルール・緊急連絡系統があります。日本語で書かれたマニュアルを渡すだけでは、細部が理解されないことがほとんどです。施設固有の情報は、多言語版の現場OJTとセットで伝える仕組みが必要です。
多言語対応の優先言語とカリキュラム設計
警備業に限った国籍別の公的統計は見当たらないため、全産業の数字を参考にします(全産業での外国人労働者国籍別: ベトナム23.6%・中国16.8%・フィリピン10.1%〔令和7年10月末・厚労省〕)。警備員として働く外国人は身分系の在留資格の人が中心で、全産業とは構成が違う可能性があります。採用ルートや地域によって異なりますが、まずベトナム語・中国語・インドネシア語・英語の4言語を整備することが現実的な出発点です。
カリキュラム設計で特に重視したいのが緊急語彙の体系化です。
警備業の多言語教育で優先すべき語彙・フレーズ
- 緊急連絡先と報告フォーマット(火災・不審者・事故・救急)
- 警備手合図(停止・進行・誘導)の母国語解説
- 施設内禁止行為の言語別標識の意味
- 防護具(誘導棒・反射ベスト・拡声器)の使用方法
- 熱中症・低体温症の自覚症状の言語別説明
汎用の雇入れ時教育教材は「整理整頓」「作業手順」に重点が置かれており、警備業特有の語彙が不足している場合があります。汎用の多言語安全教育教材に加え、業務別の補足資料を母国語で整備することが安全水準の底上げにつながります。
理解度確認(クイズ)も同じ言語で実施し、その結果を教育記録として保管しておくことが後述の記録要件を満たすうえでも重要です。
記録保管と警備契約先への提示
労安法の雇入れ時教育記録
雇入れ時教育の記録には法令上の作成・保存義務の定めがありません。特別教育の記録(安衛則第38条・3年)にならい、3年以上の保管が目安です。元請企業や警備契約先から記録の提示を求められるケースが増えており、デジタルでの一元管理が現実的です。
警備業法上の教育実施記録
警備業法施行規則第66条では、年度ごとに警備員教育の実施年月日・内容・方法・時間数・実施場所・実施者の氏名・対象となった警備員の氏名を記録した書類を営業所に備え、年度の終了後2年間保存することが求められています(警備員名簿にも、教育の実施年月日・内容・時間数・実施者の氏名を記載します)。外国人警備員については、使用した言語版教材の記録や理解度確認の結果を合わせて保管しておくことが、労働災害調査や監督署への対応時に役立ちます。
警備契約先への提示
近年、警備を発注する企業が「外国人労働者への安全教育の実施状況と記録」を警備会社に確認するケースが増えています。契約締結時・更新時に教育記録のサマリーを提出できる体制を整えることで、取引先との信頼を維持できます。
Labonaの対応
まとめ ── 二重義務と言語対応を一体的に整備する
警備業の外国人安全衛生教育は、警備業法第21条(新任教育)と労安法第59条(雇入れ時教育)という二重の義務を、それぞれ本人が理解できる言語で実施することが出発点です。夜勤・単独勤務・交通誘導・屋外作業というリスク環境に合わせた緊急語彙の教育、手合図の実地確認、記録の体系的な保管——これらを多言語対応の教材とセットで整備することで、言語の壁による事故リスクを下げられます。
よくある質問
Q. 警備業法の新任教育と労安法の雇入れ時教育は、まとめて実施できますか?
内容が重複する部分(法令・倫理など)は共通して扱えますが、それぞれの義務が独立しているため、教育記録は別々に作成・保管する必要があります。警備業法の新任教育記録を雇入れ時安全衛生教育の代替として使用することはできません。
Q. 特別教育が必要な警備業務はありますか?
交通誘導や施設警備そのものは特別教育(労安法第59条第3項)の対象業務ではありません。ただし、最大荷重1トン未満のフォークリフトの運転やつり上げ荷重1トン未満の玉掛けなど、安衛則第36条の業務そのものを行わせる場合には、その業務の特別教育が必要です(1トン以上は技能講習の修了が必要)。近くで誘導するだけでは対象外です。業務の実態を確認のうえ判断してください。
Q. 外国語版の教材だけで雇入れ時教育は有効ですか?
労安法には「日本語で実施すること」という規定はなく、外国語の教材での実施は可能です。ただし、本人が内容を理解できたかを確認し、実施記録を残しておくことが重要です(外国人雇用管理指針は、安全衛生教育を母国語等を用いるなど本人が内容を理解できる方法で行うよう求めています)。なお、警備業法の警備員教育を e ラーニングで行う場合は、受講者の本人確認・受講状況・知識の習得状況を確認でき、質疑応答の機会があることが必要です(警備業法施行規則第38条)。「渡しただけ」「説明したという記録だけ」では安全配慮義務を果たしたとはいえません。大阪地裁2024年7月31日判決(判決文は未公表。関西労働者安全センターの報告による)は、日本語の読み書きがほとんどできない外国人労働者に、日本語のみの教材と短時間の実演だけでプレス機を扱わせ、危険性や安全装置の点検方法を十分に教えていなかったとして、会社の安全配慮義務違反を認めたと報告されています。
Q. 警備業法の教育義務に違反した場合の処分はありますか?
警備業法に基づく教育義務(第21条第2項)に違反すると、都道府県公安委員会による指示(第48条)や営業停止(第49条)の対象となり得ます。指示に違反すると100万円以下の罰金(第57条第7号)、教育の実施記録など第45条の書類を備え付けない・必要な事項を記載しない・虚偽の記載をすると30万円以下の罰金(第58条第9号)が定められています(https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000117)。
関連ガイド
- 雇入れ時安全衛生教育 完全ガイド|法令・実施手順・多言語対応をすべて解説
- 安全衛生教育 完全ガイド|労働安全衛生法に基づく全教育の種類・義務・実施方法を体系整理
- 多言語で安全衛生教育を実施する3つのアプローチ|コスト・運用・カバレッジで比較
参考一次資料
- 厚生労働省「外国人雇用状況の届出状況まとめ」(令和7年10月末時点・令和8年1月30日公表) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_68794.html
- 労働安全衛生法 第59条・第120条 https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057
- 労働安全衛生規則 第35条(雇入れ時教育の内容8項目) https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032
- 警備業法 第2条・第21条 https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000117
- 警備業法施行規則 第38条(警備員教育・教育時間数の規定) https://laws.e-gov.go.jp/law/358M50000002001
