印刷・出版・パッケージ製造の現場では、外国人スタッフが有機溶剤の扱い方を習得しないまま配属されるケースが後を絶ちません。「入社時に日本語で一通り説明した」だけでは、有機溶剤中毒・輪転機への巻き込まれ・騒音性難聴という3つのリスクを防ぐことができません。法令上の教育義務を整理しながら、5言語対応の実施手順をわかりやすく解説します。
要約
- 印刷業では有機溶剤業務従事者教育(労安法第60条の2・昭和59年基発第337号)と騒音障害防止教育(騒音障害防止のためのガイドライン・令和5年4月20日 基発0420第2号)の2つが義務的に求められる
- 有機溶剤の教育カリキュラムは学科4時間30分(疾病及び健康管理1時間/作業環境管理2時間/保護具1時間/関係法令30分)
- 輪転機・裁断機の安全操作は雇入れ時教育(労安法第59条第1項・安衛則第35条)でカバーされ、第1号「機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法」の教育項目に含まれる
- 外国人労働者に対しては、本人が理解できる言語での実施が安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から求められる
- 5言語(日本語・英語・ベトナム語・中国語・インドネシア語)対応の手段は自社翻訳・専門翻訳ベンダー・多言語eラーニング・通訳・ハイブリッドの5パターン
印刷業の外国人雇用の現状
厚生労働省の「外国人雇用状況」届出統計(令和7年10月末時点、2026年1月公表)によると、製造業全体での外国人労働者数は約63.5万人(635,075人)で、その中に印刷・同関連業・出版業・紙製品製造業が含まれます。
印刷・パッケージ製造業で外国人を多く受け入れている国籍はベトナム・ミャンマー・フィリピンが中心です。育成就労制度(2027年4月施行予定)の対象分野として印刷業の一部が含まれることもあり、今後さらなる増加が見込まれます。
この業種の特徴は、昼夜3交代勤務が基本であること、機械の種類と操作手順が多岐にわたること、そして化学物質(インクの溶剤成分・洗浄液)を日常的に扱う点にあります。これら3点が重なって、外国人スタッフへの安全教育を後回しにしやすい構造が生まれています。
印刷業の3大安全リスク
①有機溶剤——インク・洗浄剤のトルエン・酢酸エチル
印刷インクには色素を溶かすために有機溶剤が使われます。オフセット印刷や凸版印刷ではトルエン(第2種有機溶剤)・酢酸エチル(第2種有機溶剤)・MEK(メチルエチルケトン) などが洗浄剤・稀釈剤として日常的に使われます。
これらは有機溶剤中毒予防規則(有機則)の適用を受ける溶剤です。吸入すると中枢神経障害(頭痛・めまい・集中力低下)を引き起こし、慢性的なばく露では肝臓・腎臓機能の低下が起きます。初期症状が「ただの疲れ」に見えるため、外国人スタッフが「何かおかしい」と感じていても申告をためらうケースが後を絶ちません。
②輪転機・裁断機——巻き込まれ・はさまれ
輪転機(ロータリー印刷機)と裁断機は、印刷業における「はさまれ・巻き込まれ」災害の主要な発生源です。輪転機は毎分数十メートルに達するスピードで紙が走るため、衣服や手が一瞬で巻き込まれます。裁断機(断裁機)の刃は指の切断事故を引き起こします。
外国人スタッフが混同しやすいのは「機械を止める手順」です。緊急停止ボタンの位置・インターロック機構(安全カバーを開けると自動停止する機能)の使い方が日本語の貼り紙のみで表示されていると、非常時に機能しません。
③騒音——難聴とコミュニケーション不全
大型輪転機が稼働する印刷工場の騒音は90dB(A)を超えることがあります(国内メーカー各種カタログより)。これは「騒音障害防止のためのガイドライン」(平成4年10月1日 基発第546号として策定、令和5年4月20日 基発0420第2号で全面改訂)が重点管理を求める85dB(A)超の作業環境に該当します。
騒音性難聴は数年かけて進行するため、本人が気づきにくい。また、騒音で声が聞こえにくい環境では「理解できない指示を聞こえたふりでやり過ごす」行動が起きやすくなります。これが事故の遠因になります。
有機溶剤業務従事者教育——法令の根拠と内容
根拠条文
有機溶剤業務従事者教育は**労働安全衛生法第60条の2(危険有害業務従事者教育)**と、昭和59年6月29日付通達(基発第337号・基安化発第2号)「有機溶剤業務従事者に対する労働衛生教育の推進について」に基づく義務です。
「雇入れ時教育で済む」という誤解があります。雇入れ時教育(労安法第59条第1項・安衛則第35条)は全労働者を対象とした基礎教育です。有機溶剤業務従事者教育は、有機則の適用を受ける業務に配属された者に対して上乗せで実施する専門教育です。二つは別物です。
教育カリキュラム
昭和59年通達(基発第337号)が定めるカリキュラムは次のとおりです。
| 区分 | 科目 | 時間 |
|---|---|---|
| 学科 | ①有機溶剤による疾病及び健康管理 | 1時間 |
| 学科 | ②作業環境管理 | 2時間 |
| 学科 | ③保護具の使用方法 | 1時間 |
| 学科 | ④関係法令 | 30分 |
| 合計 | 4時間30分 |
実技はなく、学科のみで構成されます。令和3年1月25日付厚労省通達(基安安発0125第2号ほか)により、eラーニングによるオンライン実施が公式に認められています。
化学物質管理者制度(2024年4月施行)との関係
2024年4月から、有機溶剤などリスクアセスメント対象物を取り扱う事業場に化学物質管理者の選任が義務化されました。安衛則第12条の5第1項第7号では、化学物質管理者の職務に「労働者に対する必要な教育に関すること」が明記されています。
印刷業では化学物質管理者が有機溶剤業務従事者教育の実施体制の中心を担う形が標準的になりつつあります。外国語教育も含めた多言語化の設計は、選任された化学物質管理者が主導するのが現実的です。
騒音障害防止教育——ガイドラインが求める労働衛生教育
「騒音障害防止のためのガイドライン」(令和5年4月20日 基発0420第2号)
厚生労働省の「騒音障害防止のためのガイドライン」は、平成4年10月1日 基発第546号として策定され、令和5年4月20日 基発0420第2号で全面改訂されました。労働安全衛生法令に基づく措置を含めた行政指導(通達)であり、罰則付きの法定義務ではありませんが、監督指導の基準になります。
ガイドライン第9項は、騒音作業に労働者を常時従事させようとするときの労働衛生教育として、次の2科目を定めています(第Ⅰ管理区分が継続している場所、または等価騒音レベルが継続的に85dB未満の場所では省略可)。
- 騒音の人体に及ぼす影響——難聴の進行メカニズム、自覚症状が遅れる理由
- 聴覚保護具の使用——耳栓・イヤーマフの着用方法・保管・交換時期
あわせて、騒音障害防止対策の管理者を選任しようとするときは、①騒音の人体に及ぼす影響 ②適正な作業環境の確保と維持管理 ③聴覚保護具の使用及び作業方法の改善 ④関係法令等の4科目の教育が必要です。なお健康診断(ガイドライン第8項)は教育とは別枠の措置で、聴力検査結果の周知とあわせて運用します。
外国人労働者に対してこれを日本語のみで実施した場合、耳栓の装着方法を誤解したり、健康診断の連絡自体を無視するケースが起きます。難聴は進んでから気づくため、早期教育が重要です。
騒音とコミュニケーション不全の連鎖
騒音環境では日本語の口頭指示が聞き取れず、「わかった」と返事しながら理解していない状況が生まれやすい。外国人スタッフが日本語の口頭指示を処理する認知負荷は、日本語母語話者よりはるかに高い。これが「指示を聞き逃した → 手順を間違えた → 機械に巻き込まれた」という事故経路になります。
輪転機・裁断機の安全操作教育
輪転機・裁断機の操作は、特別教育(労安法第59条第3項・安衛則第36条)の明示的な対象業務ではありません。ただし**雇入れ時教育(安衛則第35条第1項第1号「機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること」)**に含まれ、配属前の実施が義務です。
外国人スタッフに対して特に重点的に教育すべきポイントは次の通りです。
インターロック機構の理解
輪転機には安全カバーを開けると自動的に機械が停止する「インターロック機構」が設置されています。外国人スタッフが「機械は止まっているから大丈夫」と思って作業したところ、インターロックが解除された瞬間に機械が再起動して事故になったケースがあります。「安全カバーを開けたまま操作することは一切禁止」という教育を、母語で理解させることが不可欠です。
緊急停止ボタンの位置と操作手順の多言語表示
機械ごとの緊急停止ボタンの位置を、ベトナム語・中国語・インドネシア語の表示を添えて明示しておく。「DỪNG KHẨN CẤP(緊急停止:ベトナム語)」「紧急停止(中国語)」「STOP DARURAT(インドネシア語)」などの表示が最低限です。
裁断機の「一人作業禁止」ルール
裁断機は操作者1名が機械を動かしながら別の1名が紙を押さえるという複数人作業が基本です。外国人スタッフが「一人でも早く仕上げよう」と思って単独作業をするケースがあります。このルールの理由を母語で説明し、「なぜダメなのか」を理解させることが大切です。
「においで危険を判断する」習慣とその落とし穴
外国人スタッフの多くは「においがしなければ危険ではない」という感覚を持っています。しかし印刷工場で使われる有機溶剤には、においが弱い・またはにおいを感じにくい成分が混合されているものがあります。
トルエンは甘い芳香があるため「においがするから危ない」という識別がある程度できます。一方で、酢酸エチルは果物のような香りのため「危険な臭い」とは認識されにくい。さらに慢性的なばく露で嗅覚が麻痺すると、においが薄れてきても危険が増している状況に気づかなくなります。
教育の中では「においの有無で安全を判断してはいけない」という一文を必ず入れてください。そして換気設備の稼働確認手順・防毒マスクの着用タイミングを図と写真で説明することが、言語の壁を越えて伝えるうえで効果的です。
5言語対応の選択肢
印刷業での有機溶剤業務従事者教育・騒音障害防止教育を外国人スタッフに実施する主な手段は5つです。
| 手段 | コスト目安 | メリット | 課題 |
|---|---|---|---|
| 1. 自社翻訳 | 最小 | 導入が手軽 | 専門用語の訳出ミス・法改正のたびに自社更新が必要 |
| 2. 専門翻訳ベンダー | 1言語数十万円〜 | 品質が高い | 複数言語で法改正のたびに改訂費用が積み上がる |
| 3. 多言語eラーニング | サービス料金体系による | 法令追従・受講記録保管をサービス側が担う | 自社独自の作業手順は別途補足が必要 |
| 4. 通訳を介した集合研修 | 通訳人件費 | 理解度が高くなりやすい | スケジュール調整・品質のばらつき |
| 5. ハイブリッド | 中間 | コストと質のバランス | 運用設計の手間がやや増える |
印刷業で特に多言語化の優先度が高い言語はベトナム語(最多国籍)、中国語、インドネシア語です。ミャンマー語・タガログ語(フィリピン語)の対応も受け入れ国籍によって検討が必要です。
5言語対応eラーニングを選ぶ際のチェックリスト
教材を選定する際は、次の6点を確認してください。
- 有機溶剤業務従事者教育の4科目(計4時間30分)をカバーしているか
- 騒音障害防止教育の項目が含まれているか
- 受講者本人のログイン確認(本人特定)ができるか
- 理解度テストが含まれ、合否記録が残るか
- 受講履歴をCSV等で出力・保管できるか(3年以上推奨)
- 法改正時のコンテンツ更新対応が含まれているか
Labonaの対応範囲
本記事の主題に直結する講座として、有機溶剤業務従事者 安全衛生教育と騒音障害防止のための労働衛生教育は受注制作で対応しています(日本語版は通常5営業日で受講開始・5言語対応)。
まとめ
印刷・出版・パッケージ製造業で外国人スタッフを受け入れる際に必要な安全衛生教育は、大きく2本立てです。①有機溶剤業務従事者教育(労安法第60条の2・昭和59年基発第337号、学科4時間30分)と②騒音障害防止教育(平成4年基発第546号ガイドライン)です。
雇入れ時教育では機械の取扱方法・緊急停止手順・インターロック機構の理解も盛り込みましょう。外国人スタッフに対してこれらすべてを日本語のみで実施しても、理解されたことにはなりません。安全配慮義務の観点から、本人が理解できる言語での実施が求められます。
多言語eラーニングを活用すれば、5言語対応・受講記録の自動保管・法改正への追従を一括して解決できます。まず自社の教育体制を確認し、未対応の言語があれば早期の整備を検討してみてください。
よくある質問
Q. 有機溶剤業務従事者教育は何年おきに実施すればよいですか?
法令上の実施間隔の規定はありません。ただし、昭和59年基発第337号の趣旨から「概ね5年ごと」の再教育が推奨されています。有機則の改正や化学物質管理者制度の施行のように法令が変わった際には、その都度再教育を行うことが望ましいです。
Q. 有機溶剤業務従事者教育と特別教育は同じですか?
別物です。特別教育(労安法第59条第3項)は安衛則第36条に列挙された特定業務が対象で、未修了の就業は刑事罰の対象になります。有機溶剤業務従事者教育は労安法第60条の2に基づく上乗せ教育で、直接的な刑事罰はありませんが、未実施が労災発生時の安全配慮義務違反として民事賠償責任につながります。
Q. 輪転機・裁断機の操作に特別教育は必要ですか?
一般的な輪転機・裁断機の操作は、安衛則第36条の特別教育対象業務には明示されていません。ただし、雇入れ時教育(安衛則第35条第1項第1号「機械等、原材料等の危険性又は有害性及びこれらの取扱い方法に関すること」)として配属前の実施が義務です。機械ごとに緊急停止手順・インターロック機構・一人作業禁止ルールを多言語で教育してください。
Q. 騒音ガイドラインの対象になる基準は何dBですか?
「騒音障害防止のためのガイドライン」(令和5年4月20日 基発0420第2号)では、等価騒音レベル85dB以上の作業場を管理対象としています。大型輪転機の稼働中は90dB(A)を超えるケースもあり、印刷工場の大部分が対象になります。作業環境測定の結果で確認してください。
Q. 有機溶剤業務従事者教育を外国語だけで実施してよいですか?
労安法・施行規則に「日本語で実施すること」という規定はありません。本人が理解できる言語での実施が安全配慮義務の観点から求められます。要件として①本人特定、②理解度確認、③受講記録の保管が必要です。外国語のみのeラーニングでもこれらを満たせれば有効です。
関連ガイド
参考一次資料
- 有機溶剤業務従事者に対する労働衛生教育の推進について(昭和59年基発第337号・JAISH)
- 有機溶剤中毒予防規則(e-Gov 法令検索)
- 労働安全衛生法 第60条の2(e-Gov 法令検索)
- 騒音障害防止のためのガイドライン(令和5年4月20日 基発0420第2号・厚生労働省)
- 労働安全衛生規則 第35条(雇入れ時等の教育)(e-Gov 法令検索)
- 化学物質による労働災害防止のための新たな規制(厚生労働省)
- 労働安全衛生規則 第12条の5(化学物質管理者の職務)(e-Gov 法令検索)
- 「インターネット等を介したeラーニング等により行われる安全衛生教育等の実施について」(令和3年1月25日 基安安発0125第2号ほか)(厚生労働省)
- 「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和6年10月末時点)(厚生労働省)
