「GHSラベルの読み方を外国人作業員にどう教えれば良いか」という相談が、2024年以降に急増しています。きっかけは、2024年4月に施行された労働安全衛生法の大幅改正です。
この改正で、化学物質の管理が「行政が物質ごとに規制する仕組み」から「事業者が自ら管理する自律型」に大きく転換しました。その結果、事業者側が果たすべき義務の量が増えた——中でも、外国人労働者を抱える現場では「日本語のSDSをどう伝えるか」という問題が一気に顕在化しています。
この記事では、化学物質管理者制度の概要から、外国人労働者への多言語対応義務の実際、そして現場で使える対応策までを整理します。
2024年4月施行の化学物質規制大改正——「個別規制型」から「自律管理型」へ
従来の化学物質管理は「国が個別物質を指定し、その物質を使う事業者が規制に従う」方式でした。特定化学物質、有機溶剤、粉じんなど、物質ごとに別々の規則があり、事業者は該当する規則を調べて対応するという構造です。
2024年4月の改正は、この構造を根本から変えました。主要な変更点は以下のとおりです。
リスクアセスメント対象物質の大幅拡大
改正前は約674物質にラベル・SDS(安全データシート)の通知義務・リスクアセスメントの実施義務がありましたが、改正後は約2,900物質に拡大されました(令和5年4月・令和6年4月の2段階施行)。塗料、洗浄剤、接着剤など、製造・物流・建設の現場でよく使われる製品が新たに対象に加わっています。
化学物質管理者の選任義務化(2024年4月)
リスクアセスメント対象物を取り扱う全事業場(業種・規模を問わず)に、「化学物質管理者」の選任が義務付けられました。工場や営業所ごとに1名以上の選任が必要です。
保護具着用管理責任者の選任義務化(2024年4月)
リスクアセスメント対象物を製造・取り扱う事業場のうち、一定の用途(皮膚・眼への障害等のおそれがある作業)では、保護具着用管理責任者の選任も義務化されました。
リスクアセスメントの実施と結果の周知義務
事業者は化学物質のリスクアセスメントを実施し、その結果(化学物質名、危険性・有害性、リスク低減措置の内容)を労働者に周知することが義務付けられました。
この「周知」に、外国人労働者対応の核心があります。
(出典:厚生労働省「化学物質管理に関する改正のポイント」)
化学物質管理者の選任義務と教育内容
化学物質管理者は、事業場における化学物質管理の司令塔です。主な職務は次のとおりです。
- ラベル・SDS の管理と労働者への周知
- リスクアセスメントの実施・結果の記録と周知
- 保護具の選択・使用指導
- 化学物質に関連する教育の管理
- 化学物質管理に関する事業者への情報提供
教育・講習の要件
化学物質管理者に選任される者に求められる教育・講習は、事業場の業種によって異なります。
製造業等(リスクアセスメント対象物の製造を行う業種)の場合
化学物質管理者専門的講習(学科9時間+実習3時間、計12時間)の修了が必要です。カリキュラムは以下の5科目です。
| 科目 | 時間 |
|---|---|
| 化学物質の危険性・有害性等 | 2.5時間 |
| 化学物質の危険性・有害性の調査等 | 2時間 |
| 化学物質の危険性・有害性等の周知等 | 1時間 |
| 化学物質の自律的な管理に関する規制 | 1.5時間 |
| 化学物質の危険性・有害性等に基づく健康障害防止 | 2時間 |
| 実習 | 3時間 |
それ以外の事業場(化学物質を使用するが製造はしない業種)の場合
必須の資格は定められていませんが、化学物質管理に関する講習を受講していることが推奨されています。厚生労働省は「化学物質管理者のための基礎講習」等の教育機会の活用を求めています。
ここで問題になるのが、専門的講習が日本語で行われることです。製造業で外国人を化学物質管理者に選任する場合の論点は、後の章で詳しく取り上げます。
外国人労働者への情報伝達義務——SDSをどう届けるか
SDSは、化学品のサプライヤー(供給業者)が作成し、事業者に提供する文書です。化学物質の名称、危険有害性、応急処置の方法、保護具の種類、廃棄方法などが記載されています。
日本の法令(JIS Z 7253・安衛法に基づく通達)では、SDSは日本語で作成することとされています。つまり、外国人労働者が化学物質を取り扱う現場では、日本語で書かれたSDSをいかに伝えるか、という問題が必ず生じます。
安全配慮義務の観点
労働契約法第5条の安全配慮義務は、「労働者が理解できる言語で危険有害性を説明する」ことを事業者に求めます。2024年の改正後は、リスクアセスメント結果の周知義務も加わったため、「SDSがある=対応完了」とはならなくなりました。
厚生労働省のQ&Aでは、「SDSで日本語を使用することは必要だが、それに加えて外国語による説明・補足を行うことが安全配慮義務の観点から重要」との立場が示されています。(出典:厚生労働省「化学物質対策に関するQ&A(ラベル・SDS関係)」)
実務上の伝達方法
日本語のSDSを外国人労働者に理解させる方法は大きく3つです。
① 日本語版SDSに多言語サマリーを添付する
作業者が参照できる言語でSDSの要点(危険有害性・保護具・緊急時対応)をまとめた「多言語版サマリーシート」を作成し、作業場に掲示または配布します。全文翻訳は不要ですが、緊急時対応(目に入った場合の処置など)は正確に伝える必要があります。
② 化学物質教育を外国語で実施する
SDS情報を含む化学物質安全教育を、本人が理解できる言語で実施します。雇入れ時教育(労安法第59条第1項)の中でカバーするか、化学物質管理者が個別に説明する機会を設けます。
③ 多言語eラーニングを活用する
化学物質安全教育に対応した多言語eラーニングを使い、受講者が自国語でGHS・SDS・リスクアセスメントの概念を学ぶ仕組みを整えます。
GHSラベルの多言語対応——現場で見落とされがちな落とし穴
GHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)ラベルは、化学品容器に貼付される統一フォーマットの警告ラベルです。絵表示(ピクトグラム)9種類・注意喚起語(危険/警告)・危険有害性情報(H文)・注意書き(P文)から構成されています。
絵表示は言語に依存しませんが、H文(「健康を害するおそれがある」など)とP文(「換気のよい場所のみで使用すること」など)は日本語で記載されています。外国人作業員が、日常的に扱う薬品のラベルを正確に読めない状態は、安全上のリスクです。
外国人労働者がGHSラベルでつまずく3点
ピクトグラムの意味の誤解:ドクロマークを「毒物」としか認識せず、「環境有害性」や「爆発物」のマークを見落とすケースがあります。
H文・P文の意味の非理解:「目に入った場合は直ちに水で数分間注意深く洗うこと」という文章は、日本語を読めない外国人には意味をなしません。
緊急時対応の誤操作:緊急時の対応手順が理解できず、かえって有害物質を広げてしまうケースが現場で報告されています。
現場でできる対応策
- 作業場への多言語ポスター掲示:厚生労働省「職場のあんぜんサイト」にGHSピクトグラムの説明資料(日本語・英語・中国語等)があります。無料でダウンロード・印刷できます。
- 扱う薬品の多言語サマリーカード作成:現場で使う薬品を絞り込み、それぞれについて5〜10行の多言語サマリーカードを作成する方法は、コストと効果のバランスが良い。
- 新規配属時の個別教育:外国人労働者を化学品取扱業務に初めて就けるタイミングで、実物のラベルを見ながら多言語で説明する機会を設けます。
リスクアセスメント結果の多言語周知——2024年改正で強化された義務
2024年4月以降、リスクアセスメントの結果(化学物質名・危険有害性・リスク低減措置の内容)を「労働者に周知する」ことが義務化されました(安衛則第34条の2の8)。
この「周知」の方法については、掲示板や電子媒体での掲示、文書の配布などが認められています。ここでも、日本語での掲示のみでは外国人労働者への周知を果たしたとは言い切れない点に注意が必要です。
実務上の周知方法
①作業エリアへの多言語掲示
各作業エリアで使用される化学物質と、そのリスク・対処法を多言語でまとめた一覧表を掲示します。全物質を網羅する必要はなく、そのエリアで実際に扱う物質に絞って作成するのが現実的です。
②朝礼・KY活動での言語別周知
化学物質を使う作業前に行う朝礼や危険予知(KY)活動の場で、多言語で内容を伝える習慣をつくります。リーダー(外国人または日本人通訳)が要点を伝えるだけでも効果があります。
③eラーニングでの事前教育
新たに化学品取扱業務に就く外国人労働者に対し、配属前に多言語のeラーニングで化学物質管理の基礎(GHSとは何か・SDSの読み方・リスクアセスメントとは)を学ばせる方法です。知識を持った上で現場に入ることで、周知の実効性が高まります。
溶接ヒューム・有機溶剤との重複適用
2024年改正は「化学物質全般」に関わるため、既存の特別規則(有機溶剤中毒予防規則・特定化学物質障害予防規則など)との関係が複雑です。外国人労働者が多い業種で特に注意すべき重複適用をまとめます。
溶接ヒューム(特定化学物質)
2021年4月から、溶接ヒューム(マンガン化合物を含む)が特定化学物質(第2類物質)に指定されました。2024年改正では、溶接ヒュームを発生させる溶接業務がリスクアセスメント対象物質の取扱い業務として明確に位置づけられており、事業者のリスクアセスメント・周知義務の対象になっています。
外国人労働者がアーク溶接を行う場合、以下の3層の義務が重なります。
- アーク溶接等特別教育(安衛則第36条第3号)の実施義務
- 特定化学物質障害予防規則に基づく健康管理
- 化学物質管理者によるリスクアセスメント結果の多言語周知
溶接業務に外国人を配置する製造・建設業の担当者は、特別教育の多言語実施だけで安心しないことが重要です。
有機溶剤業務
有機溶剤中毒予防規則の対象となる溶剤(塗料・洗浄剤・接着剤などに含まれるもの)は、多くが2024年改正のリスクアセスメント対象物質にも含まれます。有機溶剤業務従事者安全衛生教育(労安法第60条の2)の実施に加え、化学物質管理者によるリスクアセスメント結果の周知が必要です。
塗装・印刷・洗浄業務に外国人を配置する事業者は、既存の有機溶剤教育の枠組みに「2024年改正で追加された周知義務」を上乗せして対応する必要があります。
外国人を化学物質管理者に選任する場合の問題
製造業において、現場に精通した外国人労働者を化学物質管理者に選任したいというニーズが出てきています。技術力と経験を積んだ外国人技能実習生や育成就労外国人が、職長・班長レベルに成長するケースが増えているためです。
ただし、化学物質管理者への選任には現実的な課題があります。
課題1:専門的講習が日本語のみで実施されるケースが多い
製造業等の化学物質管理者専門的講習(12時間)は、多くの場合日本語で実施されています。外国人が受講するには、相応の日本語読解力(SDS・法令文書を読める水準)が必要です。英語・ベトナム語等での開催は限られており、実際の受講可否は個々の日本語レベルに依存します。
課題2:業務遂行に必要な日本語力
化学物質管理者の職務には、法令文書・SDS・リスクアセスメント記録の作成・管理が含まれます。これらは日本語で行う必要があるケースが多く、一般的な会話レベルの日本語では業務遂行が難しい場面があります。
課題3:安全配慮義務の逆説
外国人を化学物質管理者に選任した場合、その管理者自身が外国語で業務従事者に情報を伝えることができる一方で、管理者としての法令対応(書類作成・記録管理)では日本語力の問題が生じます。
現実的な対応策
外国人の化学物質管理者候補には、選任前に日本語での専門的講習受講を支援し、業務遂行に必要な専門用語の日本語学習の機会を提供することが重要です。また、選任直後は日本人担当者がサポートに入る体制を整えることが、現場の安全と法令遵守を両立させます。
まとめ
2024年4月の化学物質規制大改正は、製造・建設・物流の現場で外国人労働者を雇用するすべての事業者に影響します。主要な対応事項は3点です。
① 化学物質管理者の選任:リスクアセスメント対象物を取り扱う全事業場(業種・規模問わず)で義務化。製造業等では専門的講習の修了者が必要。
② SDSとGHSラベルの多言語対応:日本語のSDSを外国人労働者が理解できる形で伝えることが安全配慮義務の観点から求められる。多言語サマリーカードの作成・掲示・教育が実務上の対応策。
③ リスクアセスメント結果の多言語周知:周知義務が明文化された。外国人が在籍する作業エリアでは、多言語での掲示や朝礼での説明が必要。
溶接ヒューム・有機溶剤などの特別規則との重複にも注意し、既存の特別教育・業務従事者教育の枠組みに今回の周知義務を上乗せして対応してください。
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よくある質問
化学物質管理者はどの事業場に必要ですか?
リスクアセスメント対象物(2024年4月時点で約2,900物質)を製造・取り扱う全事業場が対象です。業種・規模は問いません。工場・倉庫・営業所ごとに選任が必要です。「化学品を少量だけ使っている」という場合でも、対象物質に該当すれば選任義務があります。まずは使用している化学品のSDS・ラベルを確認し、リスクアセスメント対象物に当たるかを確認してください。
SDSを外国語に翻訳して外国人労働者に渡せば安全配慮義務を果たしたことになりますか?
SDSの翻訳版を渡すことは有効な手段のひとつですが、それだけで義務を果たしたとは言い切れません。本人が内容を理解し、実際の作業で正しく対応できる状態になっていることが求められます。理解度確認(簡単なテスト・口頭確認)と受講記録の保管を合わせて行うことで、安全配慮義務の実効性が高まります。
リスクアセスメント対象物を使う作業に外国人を配置する際、追加で必要な書類はありますか?
法令上「外国人向けの特別書類」が定められているわけではありません。ただし、以下の記録を整備しておくことが実務上求められます。①化学物質管理者の選任記録、②リスクアセスメントの実施記録(内容・日時・担当者)、③リスクアセスメント結果の周知記録(誰に・いつ・どの言語で周知したか)、④化学物質教育の実施記録(外国人が理解できる言語で実施したことの証明)。
「溶接ヒューム」は従来の特定化学物質の規制と2024年改正の両方に対応する必要がありますか?
はい、重複して対応が必要です。溶接ヒュームは2021年4月から特定化学物質(第2類物質)として特定化学物質障害予防規則の規制を受けており、かつ2024年改正のリスクアセスメント対象物にも含まれます。アーク溶接等特別教育・健康管理(特殊健診)・リスクアセスメント実施と結果の多言語周知、これらをすべて実施する必要があります。
外国人を化学物質管理者に選任するために必要な日本語レベルはどのくらいですか?
法令上、日本語能力の数値基準は定められていません。ただし、専門的講習を日本語で受講できる水準(目安としてN2〜N3程度)と、SDS・リスクアセスメント記録・化学物質関連の行政文書を読み書きできる水準が実務上必要と考えられます。日本語力が不十分な場合は、選任前の日本語研修や、選任後も日本人担当者をサポートとして付ける体制の検討を推奨します。



