「うちの現場には一人親方しかいないから、安全衛生教育は関係ない」。そう思っていた担当者にとって、2026年4月は大きな転換点でした。令和7年(2025年)5月14日に公布された労働安全衛生法の改正(令和7年法律第33号)により、一人親方をはじめとする個人事業者を取り巻く法的環境が根本から変わります。2026年4月から元方事業者の義務が拡大し、2027年4月からは個人事業者自身にも特別教育受講義務が課されます。この記事では、2段階施行のポイントと、建設業で増える外国人一人親方への実務的な影響を整理します。
法改正の背景:なぜ今、個人事業者が対象になったのか
現場で働く個人事業者が増加するなか、労安法の保護が及ばない「法的空白」が長年の課題でした。
現行の労働安全衛生法は「労働者」を保護の対象としており、個人事業者(一人親方・フリーランスなど)は原則として対象外でした。建設現場で日本人・外国人を問わず一人親方が増加するなか、労災が発生しても「労働者ではない」という理由で安全衛生措置が徹底されないケースが後を絶ちませんでした。
厚生労働省の調査では、一人親方を含む個人事業者等の死亡労働災害が全産業の一定割合を占めており、特に建設業での比率が高い状況が続いていました。ギグワーカーやフリーランスの増加も重なり、「雇用形態によらない安全衛生保護」が政策の急務となりました。
こうした背景から成立したのが、第217回国会で可決・2025年5月14日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」(令和7年法律第33号)です。個人事業者への対応強化は改正の5つの柱のひとつに位置づけられています。
施行スケジュール:2026年4月と2027年4月の2段階
混乱しやすい施行日を整理します。個人事業者関連では主に2段階で義務が始まります。
段階施行のため「どの義務がいつから始まるか」が把握しにくい改正です。個人事業者・一人親方に関係する主な施行日は次のとおりです。
- 2026年1月1日施行: 機械等の貸与者が個人事業者等にも安全措置を講じる義務が一部開始
- 2026年4月1日施行: 元方事業者(元請)が個人事業者等への安全衛生措置義務を本格的に負担
- 2027年4月1日施行: 個人事業者自身への安全衛生義務(特別教育受講・機械点検・構造規格機械使用)が開始
正直なところ、「2026年」と「2027年」の違いを現場で正確に把握できている担当者はまだ少ない印象です。シンプルに整理すると、2026年4月は「元請の義務」が変わる年、2027年4月は「個人事業者自身の義務」が始まる年と覚えてください。
2026年4月から:元方事業者の義務が拡大する
2026年4月1日は既に施行済みです。現場に入る一人親方への安全管理を見直してください。
改正の核心のひとつは、元方事業者(元請業者など)が負う安全衛生措置の対象範囲の拡大です。これまで元方事業者は、関係請負人の「労働者」に対して安全衛生措置を講じる義務を負っていました(労安法第30条)。
改正後は、同じ現場で作業する個人事業者等(一人親方・フリーランスなど)も措置の対象に含まれます。主な義務は次のとおりです。
- 個人事業者等への連絡調整・技術上の指導
- 安全衛生に関する情報の提供
- 機械等を貸与する際の安全措置
現場の方ならご存知のとおり、建設現場には一人親方が複数入っていることが多い。2026年4月以降は、その一人親方が作業中に負傷した場合、元方事業者が適切な安全措置を講じていたかどうかが問われます。
元方事業者が個人事業者への安全措置を怠った場合、損害賠償責任が生じるリスクがあります。新規入場時等教育(安衛則第642条の3)の実施と記録を今すぐ見直してください。
なお2026年4月時点では、個人事業者自身への直接的な義務はまだ始まっていません。「元請が義務を負う段階」であることを正確に把握しておくことが重要です。
2027年4月から:個人事業者自身に3つの義務が課される
2027年4月以降は、一人親方自身が法律上の義務を直接負います。
2027年4月1日施行(政令施行)では、個人事業者等自身に以下の3つの義務が課されます。
① 構造規格・安全装置を備えた機械の使用 法令で定められた構造規格を満たさない機械の使用が禁止されます。一人親方が自ら用意した古い機械や工具も対象になるため注意が必要です。
② 定期自主検査の実施 特定の機械(移動式クレーン・チェーンソー等)を使用している場合、年1回等の定期自主検査を自ら行う義務が生じます。
③ 特別教育等の受講 ここがポイントなのですが、危険・有害業務(高所作業・研削・電気工事・フォークリフト等)に従事する一人親方は、労働者と同等の特別教育を受講しなければなりません。これまで「自分は一人親方だから特別教育は不要」と考えていた方は、2027年4月以降は受講義務を負います。
率直に申し上げると、この「特別教育受講義務」が建設・製造現場の個人事業者に最も影響の大きい変更です。未受講のまま業務を続けると法令違反になる可能性があります。
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建設業で増える「外国人一人親方」への実務影響
技能実習・育成就労を経て独立する外国人が増えており、外国人一人親方への対応が新たな課題になっています。
ここがポイントなのですが、今回の法改正が特に複雑になるのは「外国人の一人親方」の場合です。
建設業では近年、技能実習制度を修了した後に独立し、個人事業主として現場に入る外国人が増えています。2027年に始まる育成就労制度では熟練技能者として独立するルートが広がることが想定されており、この傾向はさらに加速すると見られています。
こうした外国人の一人親方が直面する問題は2つあります。
問題1:法改正の情報が母国語で届かない 日本の法令改正情報は日本語で公表されます。外国語翻訳の整備には時間がかかるため、当事者が義務を知らないまま現場に入るケースが生じます。元方事業者が積極的に情報提供する責任があります。
問題2:特別教育を母国語で受講できるか 2027年4月以降、外国人一人親方も日本の事業者と同等の特別教育を受講しなければなりません。しかし特別教育の多くは日本語教材です。「受講した」という形式だけ整えても、本人が理解していなければ安全上の意味はなく、安全配慮義務違反のリスクも残ります。
元方事業者としては、外国人一人親方が現場に入る場合、母国語での情報提供と特別教育の受講確認を支援する体制を整えることが求められます。これは義務というより、実際に事故を防ぐための現実的な対応です。
「作業従事者」概念の拡大が現場管理を変える
今回の改正の根底にあるのは、「雇用形態にかかわらず、同じ現場で働く全員の安全を守る」という考え方の転換です。
今回の改正を一言で表すなら、「対象が労働者から作業従事者へ拡大した」です。労安法の保護対象と義務の主体が、従来の「雇用されている労働者」から「現場で作業に従事するすべての者」へと広がりました。
元方事業者の現場管理に生じる具体的な変化は次のとおりです。
- 現場に入る全作業者の名簿に個人事業者分も含めて管理する
- 新規入場時等教育の記録を個人事業者分も保管する
- 作業前の安全確認を個人事業者にも徹底する
- 外国人の個人事業者には母国語での情報提供を組み込む
「労働者のみ対象」で現場管理のフローを組んでいる会社は、今年4月以降の対応を急ぐ必要があります。既に施行済みの部分についていえば、対応が遅れていること自体がリスクです。
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元請企業が今からやるべきこと
2026年4月は施行済みです。2027年4月の第2段階も視野に入れた対応を今から始めてください。
今すぐ取り組むべき対応を3点に絞ります。
対応1:現場に入る個人事業者等のリストアップ 現在の現場で作業している一人親方・個人請負の業者をすべてリストアップし、安全衛生管理の対象に組み込んでください。「この人は請負だから元請の管理外」という整理は2026年4月以降は通りません。
対応2:新規入場時等教育の記録整備 個人事業者が現場に初めて入る際の新規入場時等教育(安衛則第642条の3)を実施し、記録を残してください。外国人の場合は母国語での実施・説明を記録に残すことが特に重要です。
対応3:2027年4月に向けた特別教育受講確認の準備 下請けや個人事業者が従事する業務・使用する機械の種類から、受講が必要な特別教育を今から洗い出してください。2027年4月まで1年を切っている今から準備を始めることが得策です。特定の業務(高所・電気・クレーン等)を担う外国人の個人事業者がいる場合は、母国語版の特別教育の手配も同時に検討してください。
まとめ
2026年4月施行の労安法改正は、一人親方・個人事業者を「現場の安全管理の対象外」にできなくなる転換点です。2026年4月から元方事業者が同じ現場の個人事業者への安全措置義務を負い、2027年4月からは個人事業者自身も特別教育受講・機械点検・構造規格機械使用の3つの義務を負います。建設業で増える外国人の一人親方には、母国語での情報提供と特別教育受講支援が不可欠です。まずは現場に入る個人事業者のリストアップと、新規入場時等教育の記録整備から着手してください。
よくある質問
Q. 2026年4月以降、一人親方に雇入れ時教育を実施する義務がありますか?
雇入れ時教育(労安法第59条第1項)は「雇い入れたときに実施する教育」であり、雇用関係のない一人親方には適用されません。この点は今回の改正でも変わりません。ただし2026年4月以降は元方事業者が一人親方への安全措置義務を負うため、新規入場時等教育(安衛則第642条の3)の実施と記録が実務上必須となります。
Q. 外国人の一人親方が2027年4月以降に特別教育を受講する際、日本語でなければなりませんか?
法令上、特別教育の実施言語は指定されていません。安全配慮義務の観点からは「本人が理解できる言語」で実施することが求められており、外国語での受講を認め、かつ理解度を確認することが望ましい対応です。外国語版の特別教育教材(多言語eラーニング等)の活用が現実的な選択肢になります。
Q. 新規入場時等教育の記録はどのくらい保管すべきですか?
新規入場時等教育の記録保管期間は法令上明示されていませんが、労災が発生した際のエビデンスとして機能することから、特別教育の記録保管期間(3年)に準じて3年間保管することが実務の標準です。元請側と個人事業者側の双方が記録を保持しておくことが望ましいです。
Q. 今回の改正で元請が一人親方へ安全指示を出すことは「偽装請負」に該当しますか?
安全衛生上の措置・指示は偽装請負の判断要素に含まれません。厚生労働省は、安全衛生に関する指示を労働者派遣法の偽装請負規制とは区別して取り扱う見解を示しています。元請が一人親方への安全確認を行うこと自体は問題ありません。ただし業務上の指揮命令関係については従来どおりの注意が必要です。
Q. 外国人が一人親方として現場に入る場合、在留資格は問題になりますか?
在留資格は今回の労安法改正の直接の論点ではありませんが、就労可能な在留資格を持つ外国人でなければ一人親方として合法的に業務を行えません。技能実習・育成就労の修了者が独立する場合は在留資格の変更手続きが必要なケースがあります。現場に入ってもらう前に、入管法上の手続きが完了していることを確認してください。
関連ガイド
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