外国人の部下がいる現場で「伝えたつもりが、伝わっていなかった」と気づいた経験はありませんか。日常会話は問題ないのに、安全のルールだけ守られない——実はこれ、現場でとてもよくあるパターンです。この記事では、外国人労働者への安全衛生教育で「やさしい日本語」と「母国語教材」をどう使い分けるか、そして翻訳アプリに頼りすぎることのリスクを、現場目線で整理します。
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「伝わった」と「理解した」は全然違う
まず最初に確認しておきたいことがあります。「伝えた」と「理解させた」は、まったく別のことです。
外国人労働者に日本語で安全説明をした。うなずいてくれた。「わかりました」と言った。でも、実際の作業で危ない行動が出てしまった——こういう場合、教育を「実施した」ことにはなりません。
厚生労働省は外国人労働者の安全衛生管理について、「外国人労働者が理解できる方法で実施すること」を求めています。判例でも、「教育記録は存在したが、外国人労働者は内容を理解していなかった」と認定されたケースで、会社が安全配慮義務(簡単に言うと「雇い主が働く人を危険から守る責任」)違反と判断されています。
「日本語で話したから大丈夫」という認識のままでいると、労災が起きたときに会社が法的責任を問われるリスクが残ります。
「やさしい日本語」とは何か
出入国在留管理庁と文化庁が2020年8月に「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を公表しました。2022年10月にはさらに話し言葉版のガイドラインも追加されています。一言で言うと、小学校2〜3年生レベルの語彙と文法で日本語を表現する方法です。
実践のポイントは3つです。
- 難しい言葉を使わない(専門用語はやさしい言い換えを使う)
- 1文に情報は1つだけ(「〜して、〜した上で、〜すること」はNG)
- 最後まで言い切る(「〜なので」で止めない、主語と述語を必ずそろえる)
現場では「はさみの法則」と呼ばれることもあります。「はっきり言う」「さいごまで言う」「みじかく言う」の3原則です。
東京都国際交流委員会が2018年に都内在住・在勤の外国人100名に行ったヒアリング調査では、希望する情報発信言語として「やさしい日本語」を挙げた人が76%で最も多く、「英語」の68%を上回りました。つまり、指示の言い方を少し変えるだけで、伝わる相手が一気に増えるということです。
なぜ「安全教育の日本語」は特に難しいのか
ここがポイントなのですが、「日常会話ができる」と「安全教育が理解できる」はまったく別次元の話です。
JLPT(日本語能力試験)N3、つまり中級レベルの日本語力があっても、こんな言葉は理解できないことがほとんどです。
- 「挟まれ・巻き込まれ」
- 「作業主任者の直接指揮の下で」
- 「有機溶剤中毒予防規則」
- 「墜落制止用器具の着用」
日本人の現場担当者にとっても聞き慣れない言葉が多い。それを外国人に日本語だけで伝えるのは、かなりハードルが高い作業です。
加えて、安全教育の内容は「理解できたかどうか」が命に直結します。食堂の注文を間違えるのと、機械の緊急停止ボタンの操作を間違えるのでは、次元がまったく違います。
使い分けの原則:教育は母国語、指示はやさしい日本語
現場で機能する使い分けの原則は、シンプルです。
法令上の教育(雇入れ時教育・特別教育)→ 母国語教材で実施する
雇入れ時安全衛生教育(労働安全衛生法第59条第1項)や特別教育は、「労働者が理解できる方法で」実施することが法令の要求です。ここは母国語教材を使うのが最も確実です(Labona の雇入れ時安全衛生教育は日本語・英語・ベトナム語・中国語・インドネシア語の5言語で法定8項目を扱う法人向け講座です)。理解度を確認できる母国語版の修了テストまでセットで行うことで、「形式的に実施した」だけにならない証跡が残ります。
日常指示・朝礼・掲示物 → やさしい日本語を使う
毎日の作業指示・安全確認のかけ声・現場の掲示物には、やさしい日本語が有効です。毎日通訳を手配するコストはかけられませんし、外国人本人も日本語での日常コミュニケーション能力を少しずつ伸ばす必要があります。やさしい日本語は、その橋渡しとして使える実用的なツールです。
現場での実践例:掲示・標識・朝礼
安全掲示物・標識の言い換え
「立入禁止」→「はいってはいけません」
「電源遮断中」→「でんきを きっています。さわらないでください」
「保護具着用エリア」→「ここでは ヘルメットと てぶくろを かならず つけてください」
漢字にはふりがな(ルビ)をつけ、1枚の掲示物に情報を詰め込まないのが基本です。可能であれば、やさしい日本語の表記と母国語表記を並べると、外国人労働者も安心感を持ちやすくなります。
朝礼・安全確認での使い方
「今日は高所作業があります。フルハーネスを着用してください。ベルトの確認は2人でお互いに行ってください」
この文は、実はやさしい日本語としてそのまま使えます。1文が短く、指示が具体的で、誰が何をするかが明確だからです。
一方でこういう言い回しは避けましょう。「コミュニケーション不足により安全情報の周知徹底が図れない事態を防止すること」——意味は同じでも、伝わる相手が激減します。
外国人労働者は「わかりました」と言いながら理解できていないケースがあります。朝礼で指示を出したあとに、重要なポイントだけ個別に確認する習慣をつけるとよいです。
翻訳アプリに頼りすぎると危ない理由
「スマホの翻訳アプリでいいんじゃないか」という声をよく聞きます。便利なのは事実ですが、安全教育への使用には注意が必要です。
翻訳アプリには明確な限界があります。たとえば「ボルトを締める」が「ボルトを外す」と逆の意味に訳されるような誤訳は、機械翻訳では十分に起こり得ます。高トルク締め付け作業でこの誤訳が起きれば、重大事故につながりかねません。
翻訳アプリが弱い場面は次のとおりです。
- 現場固有の用語(「揚重」「鉄骨建方」「脱型」など)
- 文脈に依存する指示(「あそこ」「さっきの場所」など)
- 複数の意味を持つ動詞(「切る」は「切断する」にも「電源を切る」にも使う)
もうひとつ重要な問題があります。翻訳アプリを使った口頭説明は記録が残りません。労基署の調査や元請からの確認があったとき、「教育を実施した」ことのエビデンスとして使えないのです。
翻訳アプリは補助ツールとして使う分には問題ありません。でも、法令で義務づけられた雇入れ時教育や特別教育の代替にはなりません。
まとめ
外国人労働者への安全衛生教育で大切なのは、「伝えた」と「理解させた」を区別することです。法令上の義務となる教育(雇入れ時教育・特別教育)は母国語教材で実施し、理解度確認と記録まで残す。日常の指示・朝礼・掲示物はやさしい日本語を活用して現場のコミュニケーションを底上げする。この使い分けが、安全配慮義務を果たしながら現場の運用コストも抑える現実的な方法です。翻訳アプリは便利ですが、法定教育の代替にはなりません。まず自社で対応できていない言語を特定し、優先度をつけて多言語化を進めることを、次の一手としておすすめします。
よくある質問
Q. 「やさしい日本語」と母国語教材、どちらを優先すればよいですか?
役割が違うため、どちらが上という話ではありません。法令で義務づけられた教育(雇入れ時教育・特別教育)は母国語教材が確実です。日常の指示・朝礼・掲示物はやさしい日本語で十分なケースが多い。両方を目的に応じて使い分けてください。
Q. やさしい日本語は英語とどう違いますか?
英語は「英語が話せる外国人」向けです。日本で働くベトナム人・中国人・インドネシア人の多くは英語が得意ではなく、英語でも安全内容を理解しにくいケースがあります。やさしい日本語は、日本で暮らす外国人が一定程度理解できるよう設計されているため、特定言語に対応できない場面での橋渡しに向いています。
Q. 翻訳アプリは安全教育で使ってはいけませんか?
補助として使うのは問題ありません。ただし、法令上の教育の代替にはなりません。翻訳精度の問題・記録が残らない点・専門用語への対応の弱さから、雇入れ時教育や特別教育には適切な多言語教材を使う必要があります。
Q. 安全掲示物のやさしい日本語化は、どこから手をつけるといいですか?
「立入禁止」「危険エリア」「保護具着用」など、守られないと即座に危険につながる掲示物から始めてください。次に作業手順書・緊急時の連絡手順の言い換えを進めると、現場全体の安全レベルが上がります。
Q. どの言語から多言語化を始めれば効率的ですか?
自社で雇用している外国人の国籍構成から考えるのが最短です。全国的には日・英・ベトナム語・中国語・インドネシア語の5言語でほぼカバーできます。言語選定の詳しい考え方は下の記事をご覧ください。



