EV・HVの普及が加速するなか、整備工場で「対地電圧50Vを超えるバッテリーを扱う前に必要な特別教育」が未実施のまま外国人整備士をEV整備に配属していないでしょうか。特定技能2号の整備分野が始まり、外国人整備士の在籍が当たり前になった今、この一点を見落とすと行政処分と民事賠償の両方のリスクを抱えます。この記事では安衛則第36条第4号の2の義務概要・学科実技の内容・低圧電気特別教育との違い・外国語で実施するための実務設計を一本で整理します。
電気自動車整備の特別教育義務 ── 安衛則第36条第4号の2
令和元年(2019年)10月1日施行の規定です。それ以前から整備工場でEV・HVを扱っていた事業者も、施行日以降は義務対象になっています。
労働安全衛生規則(以下「安衛則」)第36条第4号の2は、対地電圧50Vを超える蓄電池を内蔵する自動車——電気自動車(EV)・ハイブリッド車(HV)・プラグインハイブリッド車(PHEV)・燃料電池自動車(FCV)など——の整備業務に従事させる労働者に対し、事業者が特別教育(危険・有害業務に就かせる前の専門教育)を実施する義務を定めています。
「整備業務」の範囲は広く解釈されます。バッテリー交換・高電圧部位の点検・充電制御回路の診断など、高電圧部位を扱う作業はすべて該当します。「カバーを外して目視するだけ」も、安全の観点から対象に含まれると考えるのが実務上の通念です。
未実施の場合は、労働安全衛生法第119条(安衛法第59条第3項違反)により6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象になります。加えて事故発生時の民事賠償では「特別教育を行っていなかった」という事実が事業者側に不利な証拠となります。
学科・実技のカリキュラム ── 学科6時間+実技1時間
現行カリキュラムは令和6年(2024年)10月1日施行の改正(労働安全衛生規則の一部を改正する省令=令和6年厚生労働省令第95号、安全衛生特別教育規程の一部を改正する件=令和6年厚生労働省告示第213号)で整理されています。改正前は対象となる蓄電池の電圧に上限(直流750V以下・交流600V以下)がありましたが、この上限が廃止され、対地電圧50Vを超える蓄電池を内蔵する自動車の整備業務が広く対象になりました。
科目と時間は安全衛生特別教育規程第6条の2に定められています。
学科(合計6時間)
- 電気に関する基礎知識(1時間)
- 電気装置に関する基礎知識(2時間30分)
- 安全作業用具に関する基礎知識(30分)
- 自動車の整備作業の方法(1時間)
- 関係法令(1時間)
実技(合計1時間)
- 自動車の整備作業の方法(1時間)
合計7時間のカリキュラムです。学科はeラーニング(オンライン)での実施が可能ですが、実技は事業者が直接管理する必要があります。2021年1月の厚労省通達に定める要件(本人特定・理解度確認・3年保管・法定科目の網羅)を満たすことが前提です。
教育記録は安衛則第38条(特別教育の記録保存義務)に基づき、受講者名・受講日時・科目・実施者を3年間保管する義務があります。外国語で実施した場合も要件は同一です。
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低圧電気取扱特別教育(第4号)との違いと重複受講の要否
「低圧電気取扱業務の特別教育(安衛則第36条第4号)を修了済みだから、EV整備は不要」という誤解が整備業界の一部に残っています。
これは誤りです。
安衛則第36条第4号(低圧電気取扱業務)と第4号の2(電気自動車等の整備)は、別々の特別教育として規定されています。第4号は「充電電路の敷設・修理や開閉器の操作」を対象とする一般的な電気作業向けの教育です。第4号の2は「高電圧バッテリーを内蔵する自動車の整備」という業務に特化しており、バッテリー特性・整備工程・緊急時対応など整備業固有の内容が含まれます。
ただし、「電気に関する基礎知識」など一部の科目は内容が重複します。教育計画を工夫することで関連科目を合理的に共通化できる余地はありますが、両教育の省略は認められません。詳しくは低圧電気取扱業務 特別教育のガイドを参照してください。
外国人整備士の増加 ── 特定技能「自動車整備」の現状
外国人整備士の在籍は、もはや一部の大型ディーラーに限った話ではなくなっています。
特定技能「自動車整備」分野の在留者数は、2024年末時点で3,076人(出入国在留管理庁)。前年末の2,519人から1年で約1.2倍に増えています。政府の受入れ計画では令和10年度(2028年度)末までの5年間で最大10,000人を受入れの上限として運用するとされており、2023年6月の閣議決定で特定技能2号の対象分野に追加されたことで長期就労(在留期間の更新制限なし)も可能になりました。
国籍別ではベトナムが最も多く、フィリピンがこれに続きます。整備工場には今後、ベトナム語・タガログ語・インドネシア語などを母国語とする整備士が定着していきます。
「特定技能2号を持つ外国人整備士はある程度日本語ができる」という認識は正しいですが、「日常会話ができる」と「高電圧の危険性を教育内容として理解できる」は別の話です。安全配慮義務の観点では、後者の確認が求められます。
高電圧バッテリーの危険性を外国語で伝える難しさ
EV・HVのトラクションバッテリーは300〜800Vの電圧を持ちます。一般家庭の100Vとは桁が異なり、感電は一瞬で心室細動(心臓の不規則な痙攣)を引き起こし、適切な処置がなければ数分以内に死に至ります。
怖いのは、日本語の特別教育を「修了」した直後に起きる取り違えです。受講記録の上では修了していても、高電圧部品を通常の部品と同じ感覚で素手に取ろうとする——理解が届いていないだけで悪意はなく、本人に危険の自覚がないという状態が、現場では最も危うくなります。
特別教育の「わかった」と、現場で身体が動く「わかった」は違います。母国語で「300Vは一瞬で心停止に至る電圧です」と伝えることで初めて、頭だけでなく身体が動く理解になります。外国語教材が必要な理由は、コンプライアンスより先に、ここにあります。
外国語で特別教育を実施するための実務設計
「外国語の教材を使えば法令要件を満たせるか」——満たせます。ただし4つの条件を満たすことが前提です。
必要な要件
- 本人特定: 受講者が実際に受講したことを確認できる仕組み(eラーニングのログイン管理等)
- 理解度確認: 学科終了後に確認テストを実施し結果を記録する
- 記録保管: 受講者名・受講日時・科目・実施者を3年間保管できる形式
- 法定科目の網羅: 安全衛生特別教育規程に定める全科目を含む
選択できる実施方法は3つ
選択肢A「外国語版eラーニング」は、ベトナム語・中国語・インドネシア語・英語の学科教材を確認テストと受講ログ込みで提供するサービスを使う方法です。運用負荷が最も低く、記録管理も自動化できます。実技は事業者が母国語話者スタッフまたは通訳付きで実施します。
選択肢B「通訳同席の集合研修」は、日本語教材をもとに通訳が逐次訳する形式です。費用はかかりますが、絶縁・接地・開回路など整備業特有の専門用語を双方向で確認できる点が強みです。
選択肢C「多言語テキスト配布のみ」は推奨できません。理解度確認が担保できず、「実施した」とはみなされない可能性が高い方法です。
なお、実技はどの選択肢でも事業者が直接管理して実施する必要があります。「実技も全部動画でよい」とはなりません。安全プラグの取外し・絶縁手袋の着用確認など、実際の工具や車両を使った確認が安衛則上求められます。
Labonaの活用
EV・HV整備業務の特別教育(学科6時間)について、Labona では EV整備特別教育(学科)を受注制作で対応しています(日本語版は通常5営業日で受講開始・5言語対応。実技は事業者側で実施いただく前提です) → 電気自動車等整備 特別教育(講座ページ)
まとめ
EV・HV整備業務の特別教育は、安衛則第36条第4号の2(令和元年10月施行)に基づく事業者の義務です。学科6時間+実技1時間(合計7時間)のカリキュラムで、令和6年10月の改正後の科目に対応した教材であることを確認してから導入してください。低圧電気取扱業務(第4号)の特別教育とは別物であり、修了済みでも免除にはなりません。
特定技能2号の整備分野が動き出した今、外国人整備士が定着する整備工場でEV整備を委ねるなら、日本語のみの教育では安全配慮義務を果たせないリスクが生じます。eラーニングで外国語版の学科を実施し、実技は事業者が直接確認するハイブリッド設計が現実的な出発点です。まず在籍外国人整備士の母国語を把握し、次のEV・HV配属タイミングまでに教材を確保しておくことをお勧めします。
よくある質問
Q. 低圧電気取扱業務の特別教育(第4号)を修了していれば、EV整備の特別教育(第4号の2)は不要ですか?
不要にはなりません。安衛則第36条第4号と第4号の2は別々の特別教育として規定されています。一部の科目内容が重複するため教育計画を工夫できる余地はありますが、一方の修了が他方の免除にはなりません。具体的な合理化の方法は専門機関または都道府県労働局にご確認ください。
Q. PHEVや燃料電池自動車(FCV)も対象になりますか?
対象です。安衛則第36条第4号の2の「電気自動車等」は、対地電圧50Vを超える蓄電池を内蔵するすべての自動車を指します。PHEVはもちろん、FCVもシステム電圧が高電圧域に入るため特別教育が必要です。
Q. 外国人整備士への特別教育を日本語で実施するだけでは不十分ですか?
法令上「日本語で実施すること」という規定はありません。ただし「本人が理解できる言語での実施」は安全配慮義務(労働契約法第5条)の観点から求められます。日本語のみで実施して確認テストの正答率が低い場合、安全配慮義務違反を問われるリスクがあります。
Q. 令和6年10月の改正で何が変わりましたか?
対象となる蓄電池の電圧の上限が廃止され、あわせて特別教育の内容が見直されました。改正前は直流750V以下・交流600V以下の蓄電池を内蔵する自動車に限られていましたが、改正後は対地電圧50Vを超える蓄電池を内蔵する自動車が広く対象になります。高電圧のトラクションバッテリーを積むEV・HVの実態に合わせた改正です。改正後のカリキュラム(安全衛生特別教育規程第6条の2)に対応した教材であることを確認してから導入してください。
Q. 特別教育の記録はいつまで保管すればよいですか?
安衛則第38条(特別教育の記録保存義務)に基づき、受講者名・受講日時・科目・実施者を記載した記録を3年間保管する義務があります。外国語で実施した場合も要件は同一です。eラーニングで実施した場合はシステムの受講ログを記録として活用できます。
関連ガイド
参考一次資料
- 労働安全衛生規則 第36条(e-Gov 法令検索) — 第4号の2(令和元年10月1日施行、令和6年10月1日改正)
- 安全衛生特別教育規程(e-Gov 法令検索) — 第6条の2(電気自動車等の整備の業務)
- 「電気自動車の整備の業務等に係る特別教育に係る労働安全衛生規則等の改正について」(令和6年6月12日 基発0612第22号)(厚生労働省)
- 労働安全衛生法 第119条(e-Gov 法令検索)
- 「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(令和3年1月25日 基安安発0125第2号ほか)(厚生労働省)
- 自動車整備分野における特定技能の在留資格に係る制度の運用に関する方針(出入国在留管理庁) — 受入れ見込数 最大1万人(令和6年度からの5年間)
- 自動車整備分野における「特定技能」の受入れ(国土交通省)
