「安全教育はちゃんとやっているのに、ヒヤリハットが止まらない」。現場責任者の方からよく聞く声です。製造業は全産業のなかで「はさまれ・巻き込まれ」による死傷者が最も多い業種で、2024年の死傷者数は26,676人にのぼります。正直なところ、教育の量よりも中身の設計が問われています。この記事では製造業が果たすべき安全衛生教育の全体像を、雇入れ時教育・特別教育、そして2024年4月に義務化された化学物質管理者制度まで実務目線で整理します。
製造業の労災実態:「はさまれ・巻き込まれ」が事故類型の首位
製造業は国内で最も機械災害リスクが高い業種です。2024年(令和6年)の死傷者数は確定値で26,676人にのぼります。
事故類型のトップは「はさまれ・巻き込まれ」で4,692人(前年比4.4%減)。プレス機・旋盤・コンベヤといった動力機械が引き起こすこの事故は、指の切断から死亡まで重篤な結果につながります。「転倒」「墜落・転落」も上位ですが、重篤度では機械災害が群を抜いています。
ここがポイントなのですが、国は「第14次労働災害防止計画(令和5〜9年度)」で、製造業の機械による「はさまれ・巻き込まれ」死傷者数を令和9年までに5%以上削減する数値目標を掲げています。行政が重点課題として位置づけている以上、労働基準監督署の立入調査でも真っ先に確認されるポイントです。
「第14次労働災害防止計画」では製造業の「はさまれ・巻き込まれ」を令和9年度末までに5%以上削減する目標を明記。(出典: 厚生労働省)
安全衛生教育の全体像:雇入れ時教育と特別教育は別の義務
製造業で必要な安全衛生教育は、大きく2種類に分かれます。混同している会社が多いので、最初に整理します。
雇入れ時安全衛生教育(労働安全衛生法第59条第1項・つまり「従業員を雇い入れたときに全員に実施する義務がある教育」のこと)と、特別教育(同法第59条第3項・「危険または有害な特定業務に従事させる前に実施する義務がある教育」)は、どちらも同じ第59条に根拠がありますが、対象者と実施タイミングが全く異なります。
- 雇入れ時教育 → 全労働者が対象、採用時に必ず実施
- 特別教育 → 特定業務に就く労働者だけが対象、その業務に従事させる前に実施
よくある失敗が「入社時に雇入れ時教育を実施した。だから特別教育はいらない」という誤解です。2つは独立した義務で、どちらか一方を省略することはできません。
雇入れ時教育の内容は、労働安全衛生規則第35条(安全衛生のルールを細かく定めた規則)に8項目が挙げられています。製造業では「機械等の危険性・有害性」「安全装置の取扱方法」「事故時の応急措置」が特に重要です。詳しくは雇入れ時安全衛生教育 完全ガイドをご参照ください。
製造業で必要な特別教育の種類
製造業の現場では、機械・化学物質・電気など多岐にわたる危険業務があります。労働安全衛生規則第36条に特別教育が必要な業務の一覧があり、製造業で頻出するものを挙げます。
プレス機械作業(安衛則第36条第10号) 金型の取付け・取外し・調整業務が対象。学科5時間+実技2時間が法定時間です。プレスによる「はさまれ」は製造業死傷事故の最多要因のひとつで、特に外国人労働者が被災しやすい業務です。
アーク溶接等の業務(同第3号) アーク溶接機を使った溶接・溶断業務が対象。学科11時間+実技10時間。2021年以降、溶接ヒュームが特定化学物質(労働者の健康への影響が特に強い化学物質として規制が強化されたもの)に指定されたため、健康管理義務も重なります。
自由研削といしの取替え等(同第1号) 研削砥石の取替え・試運転業務が対象。学科4時間+実技2時間。といし破裂による「飛来・落下」事故は即重大災害につながるため、手順の誤りが許されない業務です。
実はこれ、現場では「口頭でちょっと説明すれば十分」と済ませてしまうケースが多い教育でもあります。しかし特別教育を修了させた記録(修了証または実施台帳)を3年間保管しなければ、監督署の調査で必ず指摘されます。記録管理の詳細は特別教育の多言語対応 完全ガイドも参考にしてください。
化学物質管理者制度(2024年4月施行)の教育義務
2024年4月から製造業に直接影響する新制度が始まっています。化学物質管理の規制が「行政が指定した物質ごとの個別規制」から「事業場が自律的にリスクを管理する仕組み」へと根本から転換されました。
この改正で化学物質管理者の選任が義務化されました。対象はリスクアセスメント(危険性・有害性のある物質を洗い出して評価する作業)を実施すべき化学物質を製造・取り扱う事業場。業種・規模を問わず義務です。
化学物質管理者に求められる役割は次の3点です。
- リスクアセスメントの実施と管理
- SDS(安全データシート・化学物質の危険性や取扱い方をまとめた文書)の整備と周知
- 労働者への教育・情報提供
ここがポイントなのですが、「教育・情報提供」には外国人労働者への多言語での説明も含まれます。日本語のSDSやラベルを貼るだけでは、安全配慮義務(労働契約法第5条・簡単に言うと「会社が従業員を危険から守る責任」のこと)を果たしていないと判断されるリスクがあります。
また溶接ヒュームの特定化学物質指定(2021年4月)との重複適用にも注意が必要です。アーク溶接を行う事業場は、特別教育の義務に加えて、化学物質管理者の設置・労働者への教育義務も重なります。
外国人労働者の被災実態:製造業が約48%を占める
外国人労働者の労働災害に占める業種別割合を見ると、製造業が約48%と最大です。全外国人労働者の約27%が製造業に従事していることを踏まえると、労災リスクが業種として突出して集中しています。
被災率(労働者1,000人あたりの被災者数)でも、全労働者平均の2.36に対し、外国人労働者全体では2.77。製造業ではさらに高い水準とみられています。
なぜ外国人労働者の被災が多いのか。理由は一つではありませんが、典型的なパターンが「教育はした、しかし伝わっていなかった」という状況です。日本語だけの説明・マニュアル・掲示物で実施した安全教育は、理解できなかった労働者にとって「受けた」とは言えません。
大阪地裁2024年7月31日判決では、教育記録が存在したにもかかわらず「本人が理解できる言語で実施されていなかった」として事業者側の安全配慮義務違反が認定された。(出典: 大阪地裁判決・詳細解説はこちら)
「教育記録があるから大丈夫」ではなく、「理解させた証拠があるか」が問われる時代です。
多言語対応の優先言語と実務の進め方
現場の方ならご存知のとおり、「口頭+通訳」での安全教育は人手の確保が難しく、シフトが変わるたびに品質がばらつきます。まず「どの言語から整備するか」という優先度の判断から始めましょう。
厚生労働省の外国人雇用状況届出(令和5年10月時点)によれば、製造業で働く外国人の国籍上位はベトナム・中国・フィリピン・インドネシアの順です。ベトナム語・中国語の2言語を先に整備する企業が多い傾向があります。
多言語対応の選択肢は主に3つです。
① 自社翻訳: 初期コストを抑えられますが、専門用語の誤訳リスクと法改正への追従が難しい点がデメリットです。
② 外部翻訳ベンダー: 品質は確保しやすいですが、5言語分のコストと、法改正のたびに再発注が必要になる点がネックです。
③ 多言語対応のeラーニング: 初期導入費はかかりますが、法改正対応・受講記録の自動保管・本人確認が一元管理できます。特に交代制勤務のある製造業では、時間を問わず受講できる点が現場に合っています。
具体的な比較は多言語安全教育 比較ガイド|自社翻訳・外部翻訳ベンダー・多言語eラーニングの3択に詳しくまとめています。
Labonaの活用
Labona は外国人労働者向けに5言語(日本語・英語・ベトナム語・中国語・インドネシア語)で安全衛生教育を提供するeラーニングです。
製造業向けのコースには雇入れ時教育(全業種対応)のほか、アーク溶接・自由研削といしなどの特別教育カテゴリが含まれています。受講記録はクラウドで自動保存され、監督署への提示や元請け監査の際に即ダウンロードできます。
化学物質管理者が取り組むべきSDSの説明・GHSラベル(化学物質の危険性を世界共通の絵表示で示したもの)の読み方コンテンツも多言語で提供しています。「日本語版のラベルを外国人に見せてサインをもらっているだけ」という状態からの移行手段として活用できます。
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まとめ
製造業の安全衛生教育は、雇入れ時教育と特別教育の2層が基本です。そこに2024年4月から化学物質管理者の選任・教育義務が加わりました。外国人労働者が増える製造業では、「理解できる言語で実施した記録を残す」ことが安全配慮義務の観点から必須です。大阪地裁2024年判決が示したとおり、教育記録の存在だけでは不十分で、「伝わった証拠」が問われます。まず自社で必要な特別教育の種類を洗い出し、雇入れ時教育→特別教育→化学物質管理者制度の順に整備を進めましょう。
よくある質問
Q. 雇入れ時教育を実施すれば特別教育は不要ですか?
不要にはなりません。雇入れ時教育(労安法第59条第1項)は全労働者向けの基礎教育で、特別教育(同第3項)は危険業務に従事する前に追加で実施が必要な別の義務です。プレス・溶接・研削作業などを行わせる場合は、特別教育を必ず実施してください。記録の保管期間は3年間です。
Q. 特別教育は外国語で実施してよいですか?
実施できます。労働安全衛生法・施行規則に「日本語で実施すること」という規定はありません。ただし、本人確認・理解度確認・3年間の記録保管という要件を満たす必要があります。外国語対応のeラーニングはこれらを一括管理できる手段として有効です。
Q. 化学物質管理者は社内で選任できますか?
できます。ただし、リスクアセスメント対象物を製造・取り扱う事業場では、所定の専門的講習を修了した者、または同等の知識・経験を持つ者を選任する必要があります。小規模事業場向けに省略できる要件もあるため、詳細は所轄の労働基準監督署または中央労働災害防止協会(JISHA)に確認してください。
Q. 外国人労働者に日本語だけで安全教育を実施しているリスクは?
大阪地裁2024年7月31日判決では、教育記録があっても「理解できる言語で実施されていなかった」として安全配慮義務違反が認定されました。賠償リスクの回避のためにも、多言語対応を進めることが現実的な対策です。詳細は判決解説記事をご参照ください。
Q. eラーニングだけで雇入れ時教育を完了できますか?
厚生労働省の2021年1月25日付通達(令和3年1月25日付基発0125第1号)により、eラーニングでの安全衛生教育が公式に認められています。①本人確認、②理解度確認、③受講記録の3年保管、④法定教育項目の網羅、の4要件を満たせば有効です。実技を伴う特別教育は実技部分のみ別途実施が必要です。



