外国人労働者が現場で事故に遭った。そのとき、担当者が「どこに電話すればいいか」「何の書類を出すのか」「補償はどうなるのか」を把握していなければ、対応が後手に回り、被災した労働者をさらに苦しめることになります。しかも、報告を怠れば刑事罰の対象にもなります。事故発生の瞬間から補償申請・再発防止まで、対応フローを順を追って整理します。
労災保険はすべての外国人に適用される
まず、ここだけは最初に押さえてください。
労働者災害補償保険(労災保険)は、国籍・在留資格・就労可否を問わず、日本国内で労働していれば適用されます。厚生労働省の通達も、以下のとおり明確に定めています。
「日本国内における労働であれば、日本人であると否とを問わず、また不法就労であると否とを問わず、労働関係法令が適用されるものである。」(昭和六三年一月二六日基発第五〇号・職発第三一号)
現場の担当者から「在留資格がなければ労災は使えないのでは」という誤解をよく聞きます。これは明確に誤りです。不法就労状態であっても、事業主は労災保険の給付を行う義務があります。
一方で、外国人労働者本人も、言語の壁から「自分には権利がない」と思い込んでいるケースがあります。被災直後に通訳を通じて「労災保険が使える」と正確に伝えることが、適切な治療への第一歩です。
事故発生直後の初動フロー(最初の30分)
発生直後の行動が、その後のすべての対応の質を決めます。次の順番で動いてください。
1. 救護と二次災害防止 まず被災した労働者を安全な場所に移し、応急処置を行います。同時に、他の作業員を現場から遠ざけてください。「自分も助けに行こう」という判断が二次災害につながるケースが後を絶ちません。
2. 救急車・緊急連絡 重篤な場合はすぐに119番。軽傷でも自己判断は禁物です。後から症状が悪化する事例も多い。
3. 通訳の確保 ここがポイントなのですが、日本語が話せない労働者が被災した場合、本人は「痛みの場所」「事故の状況」を正確に伝えられません。社内の多言語担当者、または通訳サービスに即時連絡できる体制を事前に整えておくことが重要です。電話通訳サービスは数百円/分程度で利用でき、緊急時に有効です。
4. 証拠保全 可能であれば、事故現場を写真・動画で記録してください。機械の状態、作業工程、保護具の使用状況などを残しておくと、原因調査・再発防止・法的対応の全局面で役立ちます。
5. 上司・安全衛生管理者への報告 社内の報告ラインを速やかに上げてください。規模の小さい現場でも「安全衛生推進者(安全または衛生担当者)」への報告は義務です。
医療機関への搬送と「労災扱い」の申告
医療機関に到着したら、受付で必ず**「労働災害です」と申告**してください。ここを口頭でも書面でも明確に伝えないと、健康保険扱いで処理されてしまい、後から切り替えに手間がかかります。
健康保険証は使いません。労災の場合は、健康保険証を提示しなくても治療を受けられます(労災保険から医療費が給付される)。
現場の方ならご存知のとおり、外国人労働者は「保険証がなければ診てもらえない」と誤解していることがあります。搬送前に通訳を通じて「お金の心配はしなくていい、会社が手続きする」と一言伝えるだけで、本人の不安が大きく軽減されます。
治療が始まった後、事業主は「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」を医療機関に提出します。この書類は厚生労働省のウェブサイトからダウンロードできます。
労働者死傷病報告の提出義務(2025年1月から電子申請が原則義務化)
事業者には、被災した労働者について所轄の労働基準監督署に「労働者死傷病報告」を提出する義務があります。根拠は労働安全衛生規則第97条(死傷病報告)で、次のとおりです。
「事業者は、労働者が労働災害その他就業中又は事業場内若しくはその附属建設物内における負傷、窒息又は急性中毒により死亡し、又は休業したときは、遅滞なく、様式第23号による報告書を所轄労働基準監督署長に提出しなければならない。」(安衛則第97条第1項)
2025年1月1日から、この報告は原則として電子申請が義務化されました(厚生労働省ポータル「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」を使用)。
提出のルールは、休業日数によって異なります。
休業4日以上の場合(様式第23号) 「遅滞なく」提出、つまり通常1〜2週間以内が目安です。2025年の改正で、事業の種類と職種がコード入力方式になりました。
休業4日未満の場合(様式第24号) 四半期ごとにまとめて提出します。4〜6月分は7月末、7〜9月分は10月末、10〜12月分は1月末、1〜3月分は4月末が期限です。2025年改正では、被災者の国籍・在留資格の記載が新たに必須項目に加わっています。外国人雇用の届出と整合する情報を把握しておきましょう。
率直に申し上げると、この書類の提出を忘れる企業が一定数あります。後述の「労災かくし」と認定されるリスクがあるため、事故発生後は死傷病報告の提出期限を社内でカレンダー管理することをお勧めします。
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「労災かくし」は犯罪です
労働者死傷病報告を提出しない、または虚偽の内容を記載した場合、労働安全衛生法第100条(報告義務)・第120条(罰則規定)により50万円以下の罰金の対象となります。これは行政上の処分ではなく刑事罰です。
「第百二十条 次の各号のいずれかに該当する者は、五十万円以下の罰金に処する。(中略)第百条第一項若しくは第三項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、又は出頭しなかつた者」(労働安全衛生法第120条第5号)
実はこれ、現場では「大げさな事故ではないから報告しなくていい」という判断ミスで起きることが多い。特に外国人労働者の場合、本人が「報告すると仕事を失う」と恐れて事業主に伝えないケースもあります。その結果、会社側が知らないまま手続きが遅れ、後から問題が発覚するパターンです。
労災かくしによる最大の被害を受けるのは、被災した労働者本人です。適切な治療を受けられず、後遺症が残るリスクが高まります。さらに、事業主も送検・書類送検の対象になりかねません。
事故の規模に関わらず、報告義務は履行する。これが原則です。
休業補償の申請と帰国後の継続補償
事故により4日以上休業する場合、被災した外国人労働者は休業補償給付を受けられます。申請書類は「休業補償給付支給請求書(様式第8号)」で、労働基準監督署に提出します。給付額は給付基礎日額の60%です。特別支給金を含めると実質80%になります。
ここで外国人特有の論点が生じます。帰国後の補償継続の問題です。
正直なところ、強制退去処分を受けて帰国した後でも、労災保険の年金給付は継続されます。ただし、本人の申請手続きが必要であり、帰国前に必ず労働基準監督署に相談することが重要です。私用での帰国中は給付が一時停止される場合があるため、帰国の理由と期間を事前に届け出てください。
加えて、治療のために入院が長引く場合は、在留資格の更新手続きも並行して対応が必要になります。出入国在留管理庁への相談も視野に入れてください。
安全配慮義務違反による民事賠償リスク
労災保険の給付は「会社が払うもの」ではなく、国の保険制度から支払われます。労災保険の支払いがあっても、事業主の民事責任はそれとは別に発生しえます。この点、混同している担当者が多いので要注意です。
安全配慮義務(労働契約法第5条(使用者の安全配慮義務)が根拠)に違反していた場合、被災した労働者から損害賠償請求を起こされるリスクがあります。外国人労働者の場合は、「理解できない言語で安全教育を実施していた」「通訳なしで危険作業を指示していた」という点が争点になりやすい。
2024年7月31日に大阪地裁が下した判決では、教育記録は存在したものの「労働者が実際に理解できる状態ではなかった」として、事業主の安全配慮義務違反が認定されています(詳細は大阪地裁2024年7月判決の解説記事を参照)。
労災が発生した後、この民事責任の有無を左右するのは「どれだけ適切な安全教育を実施していたか」の記録です。
再発防止のエビデンスとして教育記録が活きる
労災が発生した場合、労働基準監督署は必ずと言っていいほど「安全衛生教育の記録」を確認します。記録がなければ「実施していなかった」と判断される可能性があります。
受講日・受講言語・受講者署名・理解度確認テストの結果。これらを保管しておくことが、監督署対応・元請監査・訴訟対応の三局面すべてで有効なエビデンスになります。
記録を残す習慣がある企業は、労災が発生しても「教育はしっかりやっていた、それでも事故は起きた」という事実を示せます。記録のない企業は、その主張ができません。差は大きい。
教育記録の保管義務については、安全衛生教育の記録保管ガイドも参照してください。
まとめ
外国人労働者の労災対応で押さえるポイントをまとめます。
1. 労災保険は国籍・在留資格を問わず適用される。不法就労中でも変わりません。
2. 初動は救護・二次災害防止・通訳確保の3点。最初の30分が大事です。
3. 医療機関には「労災」と申告し、健康保険証は使わない。
4. 労働者死傷病報告は2025年1月から電子申請が原則義務化(様式第23号・第24号)。提出しなければ刑事罰の対象です。
5. 帰国後の補償継続には事前の届け出が必要。帰国前に必ず労働基準監督署へ相談。
6. 安全衛生教育の記録が、民事賠償リスクを左右するエビデンスになる。
多言語での安全教育体制を整えることは、労災発生時の対応力そのものを高めることにつながります。
よくある質問
Q. 外国人労働者が労災に遭った場合、在留資格が切れていても補償を受けられますか?
はい、受けられます。労災保険は、在留資格の有無や就労の合法性に関わらず適用されます。厚生労働省の通達でも「不法就労であると否とを問わず」労働関係法令が適用されると明示されています。ただし、申請手続き自体は日本語で行う必要があり、通訳のサポートが必要になります。
Q. 外国人労働者が「労災申請したくない」と言っています。どうすればいいですか?
本人が申請を希望しない理由として、「仕事を失うのが怖い」「会社に迷惑をかけたくない」という心理がよくあります。通訳を通じて、労災保険は国の制度であること、申請しても雇用関係に影響しないこと、補償を受ける権利があることを丁寧に説明してください。それでも本人が希望しない場合でも、事業主は労働者死傷病報告書の提出義務があります。
Q. 軽傷で通院しただけの場合も、労働者死傷病報告は必要ですか?
休業日数が4日未満(通院のみ含む)の場合でも、報告義務があります。様式第24号に記載して、四半期ごとに所轄の労働基準監督署へ提出します。「大したことがない」と判断して報告しないことが、後で「労災かくし」と認定されるリスクにつながります。
Q. 労働者死傷病報告の電子申請はどこで行いますか?
厚生労働省の「労働安全衛生法関係の届出・申請等帳票印刷に係る入力支援サービス」から申請できます(2025年1月1日から原則義務化)。電子申請が困難な場合は、当面の間、書面による申請も認められています。
Q. 休業補償給付の支給額はどのくらいですか?
給付基礎日額(事故前3か月の平均賃金)の60%が休業補償給付として支給されます。これに加え、休業特別支給金(給付基礎日額の20%)が上乗せされるため、合計で実質80%の補償が受けられます。支給開始は原則として休業4日目からで、最初の3日間は事業主が平均賃金の60%以上を支払う必要があります。
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