「登録支援機関に委託しているから、外国人の受け入れ手続きはカバーできている」——そう思っていた担当者が、監督署の立入調査で安全衛生教育の未実施を指摘される。実はこれ、特定技能外国人の受け入れが増えるにつれて現場でよく聞くパターンです。支援計画の義務的支援(入管法)と、労働安全衛生法(以下「労安法」)の教育義務は、まったく別の枠組みで動いています。この記事では、在留39万人時代の特定技能制度の実態を数字で整理し、どの教育義務がいつ発生するかを実務担当者向けに解説します。
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特定技能外国人が39万人を超えた:安全衛生教育の整備が追いつかない現場
2025年12月末時点の特定技能在留外国人数は390,296人(うち1号: 382,341人、2号: 7,955人)で過去最高を更新しました(出入国在留管理庁・速報値)。飲食料品製造業が最多分野で、次いで農業・建設が続きます。国籍はベトナムが最多ですが、インドネシアとミャンマーが急増しています。
ここがポイントなのですが、制度開始から5年以上が経ち、受け入れ人数が2桁・3桁と増えた今、最初に整えたはずの体制の穴が表面化してきています。安全衛生教育もその一つです。「特定技能は登録支援機関に任せている」という理解のまま、雇入れ時教育を適切に実施していないケースが見受けられます。
安全衛生教育の義務は在留資格を問わない(労安法第59条)
労安法第59条第1項(雇入れ時の安全衛生教育を事業者に義務付ける条文)は、「雇い入れた労働者に対して、従事する業務に関する安全または衛生のための教育を行わなければならない」と定めています。条文に「外国人を除く」という文言はありません。在留資格が「特定技能」であるかどうかに関係なく、雇い入れた日から義務が発生します。
2024年4月の安衛則(労働安全衛生規則)改正により、それまで一部業種に限られていた8項目全項目の適用が全業種に拡大されました。「うちはサービス業だから一部でいい」という時代はすでに終わっています。
安全衛生教育を実施するに当たっては、当該外国人労働者の母国語等を用いる、視聴覚教材を用いる等、当該外国人労働者がその内容を確実に理解できる方法により行うこと。(厚生労働大臣告示 平成19年第276号)
教育の内容は安衛則第35条に定める以下の8項目です。
- 機械等・原材料等の危険性または有害性とその取扱い方法
- 安全装置・有害物抑制装置または保護具の性能と取扱い方法
- 作業手順
- 作業開始時の点検
- 当該業務に関して発生するおそれのある疾病の原因と予防
- 整理・整頓・清潔の保持
- 事故時等における応急措置と退避の方法
- 前各号に掲げるもののほか、当該業務に関する安全または衛生のために必要な事項
特定技能外国人が入社した初日から、この8項目が必要です。
支援計画の「生活オリエンテーション」は安全衛生教育とは別物
特定技能1号の受け入れに際して、事業者(または登録支援機関)は義務的支援として生活オリエンテーションを8時間以上実施しなければなりません(入管法第2条の5第5項(特定技能外国人への支援義務を定めた条文))。
生活オリエンテーションでカバーする内容は、公共交通・生活施設のルール、医療機関の利用方法、防災・緊急時の対応手順、入管手続き・社会保険・税の仕組み、日本の労働関係法令(解雇・休暇・ハラスメント禁止等)です。
率直に申し上げると、これは「日本で安全に生活するための基礎知識」です。安全衛生教育が求める内容——機械の危険性、作業手順、保護具の使い方——は生活オリエンテーションでは代替できません。
根拠法も違います。生活オリエンテーションは入管法の義務、安全衛生教育は労安法の義務です。どちらを実施しても、もう一方を省略する理由にはなりません。この区別が曖昧なまま「入管手続きは完了した」と安心してしまうケースが多いのは、制度が複雑だからこそです。
【整理】生活オリエンテーション(入管法)は「日本での生活基盤を整える支援」。安全衛生教育(労安法)は「職場の機械・作業・有害物質から身を守る知識の付与」。目的も根拠法も担当行政機関(出入国在留管理庁 vs 厚生労働省)も別物です。
登録支援機関が担う範囲・担えない範囲
登録支援機関は、特定技能1号外国人の支援業務を事業者から受託できる機関です。生活オリエンテーション・事前ガイダンス・日本語学習の機会提供・3か月ごとの定期面談など、入管法の義務的支援10項目を委託できます。
ただし、安全衛生教育(雇入れ時教育・特別教育・職長教育)は委託の対象ではありません。これらは労安法が事業者本体に課す義務であり、労基署の監督対象です。
登録支援機関への委託契約に「安全衛生教育を含む」と書いても、法令上の実施責任は事業者から移りません。監督署が実地調査に入ったとき、問われるのは「登録支援機関が何をしたか」ではなく「事業者として何をしたか」です。
現場の方ならご存知のとおり、登録支援機関は「生活支援のプロ」であって「安全教育のプロ」ではないケースがほとんどです。委託の範囲を明確にしないと、安全衛生教育が空白のまま放置されます。
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支援計画への安全衛生教育の記載方法
出入国在留管理庁の「特定技能ガイドブック(事業者向け)」では、支援計画に安全衛生関連の事項を記載することを推奨しています。盛り込むとよい内容は以下のとおりです。
- 雇入れ時安全衛生教育の実施時期・方法・担当者
- 業務に応じた特別教育・技能講習の受講計画
- 定期健康診断(労安法第66条(労働者の健康診断実施を義務付けた条文))の実施予定
- 作業環境測定が必要な場合の対応方針
支援計画はあくまで計画書です。実際に教育を実施し、記録を残して初めて義務を果たしたことになります。計画に書いた内容を「やったこと」と混同しないよう注意が必要です。
分野別リスクと対応すべき特別教育(2027年新分野も含む)
特定技能の対象分野は、2026年1月の閣議決定で「物流倉庫」「リネン供給」「廃棄物処理(資源循環)」の3分野が追加(施行は2027年度見込み)されることになり、計19分野に拡大します。分野別の典型リスクと対応すべき特別教育を整理します。
飲食料品製造業(在留者最多)
スライサーや食品加工機械での切創・挟まれ、フライヤーでの火傷、床の水濡れによる転倒が多い。プレス機械を使う工程があればプレス機械作業特別教育(安衛則第36条第10号(プレス機械作業の危険防止のための特別教育を義務付ける条文))が必要です。
建設分野
墜落・転落が死亡災害の主因。足場作業があれば足場の組立て等特別教育(安衛則第36条第39号)とフルハーネス特別教育(同第41号)が義務となります。解体工事では石綿(アスベスト)特別教育(同第37号)も加わります。
農業分野
農業機械(トラクター・コンバイン)による巻き込まれ、農薬散布時の健康障害が典型リスク。チェーンソーを使う伐採作業があればチェーンソー特別教育(安衛則第36条第8号)が必要です。
物流倉庫(2027年施行予定)
フォークリフト特別教育(1t未満)または技能講習(1t以上)、テールゲートリフター(荷台後部昇降装置)特別教育(安衛則第36条第5号の2(2024年2月から義務化された条文))が中心となる見込みです。
どの分野でも雇入れ時教育(8項目)は共通の前提です。業務内容に応じて特別教育が積み上がる構造を、受け入れ前に確認しておくことが重要です。
記録管理:3年保管義務と多言語対応のチェックポイント
安全衛生教育の記録は、特別教育について安衛則第38条(特別教育の記録保管を事業者に義務付ける条文)で3年間の保管が義務付けられています。雇入れ時教育は条文上の明示規定はないものの、実務上は同様に3年保管が標準です。
記録に最低限必要な項目は、受講日・教育内容・所要時間・受講者氏名・担当講師名の5点です。特定技能外国人の場合、これに加えて「何語で実施したか」と「理解度をどのように確認したか」も記録に残すことをお勧めします。
正直なところ、「日本語のテキストを渡しただけ」では、安全配慮義務(労働契約法第5条(雇い主が働く人を危険から守る法的責任を定めた条文))の履行として不十分と評価されるリスクがあります。2024年の大阪地裁判決は、教育記録が存在していながら「日本語のみで理解度を確認していなかった」点を問題視しました。
記録に残すべき5点:① 受講日 ② 教育内容(科目・時間数)③ 受講者氏名 ④ 担当講師名 ⑤ 実施言語と理解度確認の方法。特定技能外国人については⑤が安全配慮義務の証明に直結します。
元請企業や監督署から記録の提出を求められる場面を想定し、言語・理解度確認の証跡まで含めた記録を整備しておくことが大切です。
まとめ
特定技能外国人の安全衛生教育で押さえるべきポイントは3点です。
第1に、労安法第59条の雇入れ時教育義務は在留資格を問わず発生し、2024年4月改正以降は全業種で8項目全項目が必須です。第2に、登録支援機関の生活オリエンテーション(入管法)と安全衛生教育(労安法)は根拠法・内容・実施責任者がすべて異なります。委託している登録支援機関が安全衛生教育まで代わりに担うことはできません。第3に、記録は言語と理解度確認まで含めて3年間保管することが、安全配慮義務を証明するうえでの実務標準です。
2027年度からは物流倉庫・リネン供給でも特定技能外国人の受け入れが始まります。分野ごとの特別教育要件を今から整理し、多言語対応の体制を先回りして作ることが、これからの企業の競争力につながります。
よくある質問
Q. 登録支援機関に委託すれば、安全衛生教育もカバーされますか?
カバーされません。登録支援機関が担う義務的支援(入管法)と、雇入れ時教育・特別教育(労安法)は別の枠組みです。安全衛生教育の実施と記録保管は、事業者本体の責任として残ります。委託契約に「安全衛生教育を含む」と書いても、法令上の実施責任は移りません。
Q. 特定技能2号の外国人にも雇入れ時教育は必要ですか?
必要です。特定技能2号は在留期限の上限がなく転職も可能です。新たな事業者のもとで働き始める際には、その事業者が改めて雇入れ時教育を実施する義務があります。過去に同種の業務経験があっても、省略の根拠にはなりません。
Q. 日本語のみで安全衛生教育を実施しても法的に問題ありませんか?
法令上「日本語で実施せよ」という規定はありません。ただし、厚生労働大臣の告示(平成19年告示第276号)は「母国語等を用いる等、確実に理解できる方法」での実施を求めています。日本語が十分でない特定技能外国人に日本語のみで実施した場合、理解度確認が不十分であれば安全配慮義務違反と評価されるリスクがあります。
Q. 特定技能の支援計画に安全衛生教育の計画を記載しなければなりませんか?
法令が必須と定めているわけではありませんが、出入国在留管理庁のガイドブックでは記載を推奨しています。計画と実施記録の整合性を保つためにも、支援計画と安全衛生教育の実施計画をセットで整備することをお勧めします。
Q. 農業・漁業分野の特定技能外国人には、何の特別教育が必要ですか?
使用する農機や化学物質によって異なります。チェーンソーを使う作業があればチェーンソー特別教育(安衛則第36条第8号)、農薬(有機溶剤を含む場合)の散布があれば業務従事者安全衛生教育(労安法第60条の2(危険有害業務従事者への教育を事業者に求める条文))が対象となり得ます。自社の作業内容を安衛則第36条の一覧と照合することが出発点です。
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