金属加工や建設の現場で長年働いてきた外国人労働者が、ある日「聞こえにくい」と申告した。すでに高音域の聴力は戻らない状態だった——こうした事態は、事前の教育と保護具の徹底で防げたケースが少なくありません。騒音性難聴は痛みがなく自覚が遅れる障害であり、日本語でも理解しにくい。多言語で正しく伝えなければ外国人労働者を守れません。この記事では、令和5年4月改訂の「騒音障害防止のためのガイドライン」を軸に、事業者が取るべき教育・保護具・健診の実務を整理します。
騒音性難聴とは
騒音性難聴(Noise-Induced Hearing Loss: NIHL)は、強い騒音に長期間さらされることで蝸牛の有毛細胞が損傷し、主に**高音域(4,000Hz帯)**から聴力が低下していく不可逆的な職業病です。
特徴的な点は次の3つです。
- 痛みがない — 骨折や切り傷と違い、損傷が進んでも耳に痛みは生じない
- 自覚が遅れる — 4,000Hzの聴力低下は日常会話(500〜2,000Hz帯)への影響が出にくく、本人が気づくころには中等度以上に進行していることが多い
- 治療法がない — 損傷した有毛細胞は再生しない。薬物療法・手術でも聴力回復は望めない
外国人労働者に「騒音性難聴」を伝える際、「音は出ているのに、なぜ危険なのか」という疑問が生じやすい。「今は痛くなくても、5年後・10年後に聴こえなくなる」という時間軸の説明が、理解の鍵です。
令和5年ガイドライン改訂のポイント
厚生労働省は令和5年4月20日付「基発0420第2号」で「騒音障害防止のためのガイドライン」を改訂しました(平成4年策定から約30年ぶりの全面見直し)。主な改定点は以下のとおりです。
| 改定内容 | 旧ガイドライン | 令和5年改訂版 |
|---|---|---|
| 騒音レベルの管理区分 | 記載なし | 第Ⅰ(85dB未満)・第Ⅱ(85〜90dB)・第Ⅲ(90dB以上)の3区分 |
| 85dB以上90dB未満の作業場 | 対策規定が曖昧 | 聴覚保護具の使用義務を明確化 |
| 中等度以上の聴力低下者 | 規定なし | 騒音作業時間短縮・配置転換等の措置を追加 |
| 労働衛生教育の内容 | 簡易な記載 | 教育項目と実施タイミングを詳細化 |
重要なのは、「85dB以上は聴覚保護具が必要」という閾値が明示された点です。従来「90dB以上」を目安にしていた現場も、85dBを超えた時点で対策が必要になります。
騒音作業の定義と測定義務
「騒音作業」は、ガイドラインの別表第1または別表第2に掲げる作業場での業務を指します(騒音機械の操作に限らず、同じ作業場内の他の業務も含む)。
| 区分 | 根拠条文 | 内容 |
|---|---|---|
| 別表第1 | 安衛則第588条・第590条 | 著しい騒音を発する屋内作業場(削岩機・鍛造・鋼板熱間圧延など8業種)。6月以内ごとに1回、等価騒音レベルの測定義務あり |
| 別表第2 | 法令上の義務なし(ガイドライン) | 等価騒音レベルが85dB以上になる可能性が大きい作業場。ガイドラインの管理対象 |
安衛則第590条では、別表第1の作業場について6か月以内ごとに等価騒音レベルを測定し、記録・保存する義務が事業者に課されています。
労働衛生教育の実施義務
ガイドライン第5節に基づき、事業者は騒音作業に労働者を常時従事させようとするとき、次の内容を含む労働衛生教育を実施しなければなりません。
- 騒音の人体への影響(騒音性難聴のメカニズム)
- 関係法令(安衛則第588条・ガイドライン)
- 騒音作業の管理区分と自身が従事する作業場の状況
- 聴覚保護具の種類・選択・正しい着用方法・点検・管理
- 特殊健康診断(騒音健診)の受診方法と結果の見方
この教育は、新規採用者・配置転換者のほか、派遣受入時にも派遣先事業者が実施する義務があります(派遣法第45条の特則)。
外国人労働者の場合、「本人が理解できる言語」で実施しなければ安全配慮義務(民法415条)を尽くしたとはいえません。
外国人に「見えない障害」を伝える難しさ
騒音性難聴を外国人に伝える際、次の理解ギャップが生じやすいです。
ギャップ1: 「音は出ているのに、なぜ危険?」 騒音作業中は慣れた音として感じにくく、危険だという感覚が薄れやすい。「蝸牛の有毛細胞は1個ずつ壊れていき、壊れた分は戻らない」という具体的な絵・図解で伝えることが有効です。
ギャップ2: 「今は聞こえているから大丈夫」 高音域の聴力低下は日常会話への影響が出にくい段階が長い。「健診で4000Hzが低下しても、電話や会話はまだ問題ない。しかし5年後には会話も難しくなる」という経過を示す。
ギャップ3: 「保護具が重い・暑い・不便」 着用を嫌う理由は国籍を問わず共通。強制よりも「なぜ必要か」の理解が先行すれば着用率が上がる。母国語での掲示や短い動画が効果的です。
聴覚保護具の多言語指導
聴覚保護具には**耳栓(earplugs)と耳覆い(earmuffs)**の2種類があります。
| 種類 | 特徴 | 適した場面 |
|---|---|---|
| 耳栓 | 小型・安価・高遮音 | 終日装着・高温環境 |
| 耳覆い | 着脱簡便・均一な遮音 | 断続的な騒音 |
多言語指導で押さえておきたいのは正しい着用方法です。
- 耳栓は圧縮→外耳道に挿入→手を離す→膨らんで密着 の手順が必要。半分しか入れていないと遮音性が大幅に下がる
- 耳覆いはクッション部分が耳全体を覆うように調整が必要
手順動画や絵解きの説明書は、言語の壁を超えて有効です。職場の安全掲示は対象者の母国語で用意することを強く推奨します。対応言語の優先度は在籍者の国籍比率に応じて決定し、ベトナム語・中国語・インドネシア語を軸にするケースが多いです。
騒音健診と外国人労働者
ガイドラインおよび労働安全衛生法第66条に基づき、騒音作業に常時従事する労働者は6か月以内ごとに1回、特殊健康診断(騒音健診)を受診する必要があります。
受診のタイミング:
- 配置替え時(騒音作業への初回配置前)
- その後6か月以内ごとに定期実施
ただし、第Ⅰ管理区分(85dB未満)が継続している作業場については省略が認められます。
検査項目(主なもの):
- 既往歴・業務歴の調査
- 自覚症状・他覚症状の確認
- オージオメータによる聴力検査(250・500・1,000・2,000・4,000・8,000Hzの各周波数)
外国人労働者が受診を忌避する理由としては、「受けても何もされない」「結果の意味がわからない」「受診手続きが面倒」といったものが多い。通知書を母国語で発行し、健診結果の見方を母国語で説明することで受診率が大きく改善した事例があります。
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よくある質問
騒音障害防止のガイドラインは法令と同じ効力がありますか?
ガイドラインは厚生労働省通達であり、法令(安衛則)とは異なりますが、行政指導の根拠となります。ガイドラインに沿った対策を講じていない場合、労災発生時の安全配慮義務違反(民事賠償リスク)に直結するため、法令と同等の重みで対応することが実務上の標準です。
外国人労働者に日本語のみで騒音障害教育をしても問題はないですか?
労働安全衛生法・安衛則に「日本語で実施すること」という規定はありませんが、「本人が理解できない教育は実施したとはみなされない」という行政解釈が定着しています。大阪地裁2024年7月31日判決でも、教育記録が存在しても「内容を理解できていなかった」と認定されると事業者が敗訴するケースが示されています。母国語対応が安全配慮義務の実質的な要件と考えてください。
85dB以上90dB未満の場所では具体的に何をすればよいですか?
令和5年改訂ガイドラインでは第Ⅱ管理区分(85〜90dB)に区分される作業場について、①聴覚保護具の使用、②使用状況の確認、③中等度以上の聴力低下が認められた者の配慮措置(時間短縮・配置転換等)が求められます。記録の保管と、労働衛生教育の実施も合わせて行ってください。
耳栓さえ配ればよいですか?
耳栓を配布するだけでは不十分です。正しい着用方法を教育していなければ遮音性が十分に発揮されません。配布時に装着方法を実演し、理解度を確認することがガイドラインの趣旨です。外国人労働者には母国語での手順書や動画を活用してください。
関連ガイド
- 定期・特殊健康診断の受診義務と外国人労働者への多言語説明|労安法第66条の法的根拠と実務フロー
- 安全標識・ピクトグラムの多言語活用法|ISO 7010に基づく外国人に伝わる現場掲示術
- 安全衛生教育 完全ガイド【2026年版】|全教育の種類・義務・実施方法を体系整理
参考一次資料
- 厚生労働省「騒音障害防止のためのガイドライン」(令和5年4月20日改訂)基発0420第2号 — https://www.mhlw.go.jp/content/001089239.pdf
- 同解説 — https://www.mhlw.go.jp/content/001087310.pdf
- 厚生労働省「騒音障害防止対策」— https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei02_00004.html
- 労働安全衛生規則 第588条・第590条(騒音の測定等) — https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032


