「運転は得意だから大丈夫」と思っていませんか。物流・運送業で増え続ける外国人ドライバーに対して、交通事故防止の安全教育を日本語のまま進めている事業者は少なくありません。でも交通労働災害(業務中の交通事故による労働者の死傷)は、転落や挟まれと並ぶ深刻なリスクです。この記事では、厚労省が示すガイドラインの要点と、乗務前点呼や配車指示を外国語で実施する実務の進め方を整理します。
物流業の交通労働災害:見えにくいリスク
交通労働災害とは、業務として自動車を運転中に発生した事故による労働者の死傷をいいます。荷役中の転落やフォークリフト事故に比べて「事業所の外で起きること」なので、安全管理の目が届きにくいのが特徴です。
厚労省は毎年、業種別・事故類型別の死亡災害統計を公表しています。陸上貨物運送業での死亡災害のうち、交通事故が占める割合は決して小さくありません。外国人労働者の関連では、言語や交通ルールの認識の違いが事故の遠因になるケースが指摘されています。
「交通ルールは母国でも知っている」という前提が、実は最大の落とし穴です。左側通行・一時停止の意味・高速道路の走行車線など、日本固有のルールを体感で理解させる手間を省くと、後から取り返しのつかない事態になります。
外国人ドライバーが増えている背景
2024年4月、自動車運転業務に時間外労働の年間960時間上限(いわゆる「物流2024年問題」)が適用されました。長距離ドライバーの実働時間が制限されたことで、慢性的な人手不足がさらに加速。この流れを受けて、外国人ドライバーの採用に踏み切る運送会社が増えています。
現在、外国人が運転業務に就くルートは主に3つあります。
- 特定技能1号(自動車運送業分野): 2024年3月29日の閣議決定で特定技能の対象分野に「自動車運送業」が追加され、トラック区分は同年12月から受入れの運用が始まりました
- 技術・人文知識・国際業務等の在留資格で就労し、関連業務として運転を担うケース
- 育成就労制度(2027年4月1日施行)での移行ルート
いずれのケースでも、日本国内の運転免許取得または外国免許の切り替えが前提です。しかし免許を持っていることと、日本の交通文化を理解していることは別物です。
厚労省「交通労働災害防止のためのガイドライン」の要点
厚労省は「交通労働災害防止のためのガイドライン」を策定し、事業者に対して取り組みを求めています。このガイドラインは運送業に限らず、業務で自動車を使用するすべての事業者が対象です。
主な要求事項は4つです。
1. 走行計画の策定 無理のない走行距離・休憩時間・到着時刻を計画し、ドライバーに明示する。外国人ドライバーの場合、「何時間走ったら必ず休憩を取ること」という指示を、口頭だけでなく多言語のSOPとして書面化することが実務上の対策になります。
2. 健康・体調管理の徹底 過労・睡眠不足・疾患を持つ状態での運転を防ぐ。乗務前点呼でのアルコール検知と体調確認が中核です(後述)。
3. 交通安全教育の実施 労働安全衛生法(以下「労安法」)第59条第1項(雇い入れ時に全労働者に対して行う安全衛生教育の義務)の対象に、運転業務も含まれます。日本特有の交通ルール・道路標識・緊急時の対応を、理解できる言語で教育することが必要です。
4. 危険予測・防衛運転の教育 「周囲が危ない運転をするかもしれない」という前提で運転する技術。母国の交通文化と日本の文化の違いを体感的に理解させる内容を含めます。
外国人ドライバー教育の3つの壁
同じ「外国人労働者への安全教育」でも、運転業務は特有の難しさがあります。現場担当者が直面しがちな壁を3つ整理します。
壁1: 交通ルールの「母国との差異」が体感レベルまで落ちていない 知識として「左側通行」を知っていても、右側通行の母国で10年運転してきた習慣はとっさの場面で出てきます。座学だけでなく、実際の道路環境に近い形で反復練習する機会が理想です。
壁2: 疲労・体調不良を「言語化して申告すること」への抵抗 「しんどくても文句を言わない」文化圏のドライバーは、体調不良でも「大丈夫です」と答えがちです。乗務前点呼での確認を形式的に終わらせないための設計が必要です。
壁3: 乗務前点呼の「意味」が理解されていない なぜ毎回アルコールを測るのか、なぜ健康状態を報告しなければならないのかが理解されないと、形骸化します。「これは会社を守るためではなく、あなた自身の命を守る手順」という意味を伝えることが出発点です。
乗務前点呼を多言語で実施する
貨物自動車運送事業輸送安全規則第7条(国土交通省が定める省令)は、運送事業者に対して業務前後の点呼の実施を義務付けています。業務前点呼の確認項目は、①酒気帯びの有無、②疾病・疲労・睡眠不足その他の理由により安全な運転をすることができないおそれの有無、③道路運送車両法第47条の2による点検(日常点検)の実施またはその確認の3つです。①の確認にはアルコール検知器を用い、あわせて運転者の状態を目視等で確認することとされています。
外国人ドライバーへの点呼を実効性のあるものにするために、次の工夫が有効です。
- 点呼チェックシートを多言語化する: ベトナム語・中国語・インドネシア語版のシートを用意し、自己申告の項目を明示。「はい/いいえ」で答えられる形式にする。
- 体調不良を申告しやすい仕組みをつくる: 「申告したら乗務停止になる」という印象を持たれると申告が減ります。「申告は歓迎、無理して乗務させない」という姿勢を繰り返し伝える。
- アルコール検知の手順をデモで見せる: 機械の使い方が分からず、息の吹き込み方が弱いために正確な値が出ないケースがあります。最初に実演で見せることが有効です。
配車計画・休憩指示を外国語で伝えるSOP
配車指示・走行ルート・休憩タイミングを口頭の日本語だけで伝えると、外国人ドライバーに伝わっていないことがあります。特に問題になるのは「途中で休憩を入れるかどうか」の判断を本人に委ねてしまうケースです。
実務的な対策は、多言語のSOP(標準作業手順書)に次の情報を明記することです。
- 出発前: 配送先住所・到着予定時刻・途中の休憩ポイント(PAやSAの名称・キロ数)
- 緊急時: 事故発生時の連絡先・「まず安全な場所に停車して会社に電話する」という手順
- 渋滞・遅延時: 勝手にルートを変えず、一報を入れてから対処する
多言語SOPの作成と運用については、多言語作業手順書(SOP)の設計と現場定着の進め方 の記事が参考になります。
また、毎日の乗務前に短時間で安全確認を行うツールボックスミーティング(TBM)を多言語で実施する方法は、多言語ツールボックスミーティングの進め方 で整理しています。
テールゲートリフターとの組み合わせ安全教育
2024年2月から、テールゲートリフター(トラックの後部昇降装置)の操作業務に特別教育が義務化されました(安衛則第36条第5号の4)。物流業で外国人を雇用している場合、交通安全教育とテールゲートリフターの特別教育を組み合わせて計画する必要があります。
運送会社での外国人採用時の教育計画の例:
- 入社初日〜3日目: 雇入れ時安全衛生教育(労安法第59条第1項。教育事項は安衛則第35条第1項の8項目・多言語版)
- 配属前: テールゲートリフター特別教育(学科4時間・実技2時間)
- 初乗務前: 乗務前点呼の手順説明・多言語点呼シートの配付
- 乗務開始後1週間: 管理者同乗による走行確認・フィードバック
テールゲートリフターの特別教育については、テールゲートリフター特別教育を外国人労働者に外国語で実施する方法 で詳しく解説しています。学科部分は テールゲートリフター操作業務特別教育 として受注制作で承っています(実技は事業者側で実施してください)。
倉庫内の荷役リスクを含めた物流業全体の教育設計は、物流業の外国人労働者 安全教育の組み立て方 で整理しています。
→ 体験デモを試す
まとめ
物流・運送業の外国人ドライバー増加は、2024年問題を機に加速しています。交通労働災害防止は「運転できる人」を雇えば終わりではなく、日本固有の交通文化・法規制・職場内の報告ルールを理解できる言語で教育してはじめて機能します。厚労省ガイドラインが求める走行計画・健康管理・交通安全教育を多言語で実施し、乗務前点呼を実効性のある運用にすること。この二本柱が、外国人ドライバーの安全確保の基本です。まず乗務前点呼シートの多言語化から着手してみてください。
よくある質問
Q. 外国人ドライバーに日本語で乗務前点呼を実施しても法令上は問題ありませんか?
貨物自動車運送事業輸送安全規則上の点呼義務は、「日本語で実施すること」を求めていません。ただし、労働契約法第5条が定める安全配慮義務の観点からは、ドライバーが内容を理解できない言語での点呼は、報告を求め確認を行ったといえるだけの実質を欠くおそれがあります。多言語対応が現実的な対策です。
Q. 外国人を雇う前に日本の運転免許取得を義務付けることはできますか?
業務内容によって異なります。会社が「日本の免許取得を採用条件とする」ことは可能です。外国免許からの切り替え(外国免許の日本免許への書換え)や、技能試験・学科試験の免除要件は、出身国と条約関係によって異なります。採用前に警察庁・都道府県公安委員会への確認を推奨します。
Q. 走行計画の策定は具体的にどこまで細かく作ればよいですか?
厚労省ガイドラインは「無理のない走行時間・休憩時間を設定する」という趣旨を示していますが、様式を指定しているわけではありません。最低限、出発地・目的地・走行距離・予定到着時刻・途中休憩の場所と回数を記録できる書式があれば十分です。外国人ドライバー向けには、地名・ルートを地図画像で補足することが実務上有効です。
Q. 外国人ドライバーが事故を起こした場合、会社の責任はどうなりますか?
業務上の交通事故は会社が使用者責任(民法第715条)を負います。適切な安全教育・走行計画の策定・点呼の実施といった措置を講じていたかどうかが、損害賠償における過失相殺の判断に影響します。「教育はしたが外国語版がなかった」という場合でも、理解できなかった点が問題視されるリスクがあります。
Q. 特定技能「自動車運送業」の外国人には追加の教育義務がありますか?
特定技能制度では、分野別の受入れ機関が「技能基準・日本語試験の合格」を前提としています。ただし、これは入国前の基準であり、配属後の安全衛生教育(労安法第59条の雇入れ時教育等)は通常の労働者と同様に事業者の義務です。分野固有の追加要件については、国土交通省の特定技能「自動車運送業」分野の運用要領を確認してください。
関連ガイド
参考一次資料
- 厚生労働省「交通労働災害防止のためのガイドライン」(平成6年策定・平成30年6月1日改正): https://anzeninfo.mhlw.go.jp/information/koutsuu-guideline_h30.pdf
- 貨物自動車運送事業輸送安全規則 第7条(点呼等)/同規則の解釈及び運用について(国土交通省): https://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03safety/resourse/data/construction_kamotsu.pdf
- 国土交通省「自動車運送業分野における特定技能外国人の受入れについて」: https://www.mlit.go.jp/jidosha/jidosha_tk1_000038.html
- 労働安全衛生法 第59条第1項(雇入れ時の安全衛生教育の義務): https://laws.e-gov.go.jp/law/347AC0000000057
- 労働安全衛生規則 第35条第1項(雇入れ時教育の8項目)・第36条第5号の4(テールゲートリフターの操作業務の特別教育、令和6年2月1日義務化): https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032
- 労働契約法 第5条(安全配慮義務)/民法 第715条(使用者責任)


