「外国人スタッフが増えたはいいけれど、安全教育は日本語の資料しかない」——介護施設の担当者からよく聞く声です。腰痛、感染症、夜勤中の緊急対応。どれも介護現場ならではのリスクで、理解できない言語で説明されるだけでは事故を防ぎきれません。この記事では、介護業界特有の3大リスクと、それを外国人スタッフに「伝わる言語」で教えるための実務を整理します。
介護現場の外国人スタッフ数の現状
まず数字から見てみましょう。介護現場の外国人労働者は、ここ数年で急速に増えています。
厚生労働省の「外国人雇用状況」届出データ(令和7年10月末時点)によると、「医療、福祉」分野に就く外国人労働者は146,105人(前年比25.6%増)で、産業別の伸び率は最も高くなっています。このうち社会保険・社会福祉・介護事業は108,140人です。
在留資格別に見ると、特定技能「介護」の在留者数は2024年12月末時点で44,367人(約4万4千人)と過去最多を更新しており、このほかEPA(経済連携協定)に基づく介護福祉士候補者や、技能実習・育成就労の介護職種のスタッフも現場を支えています。
これだけの外国人スタッフが現場を支えているにもかかわらず、安全衛生教育の多言語対応が追いついていない施設は少なくありません。在留資格の種別を問わず、雇い入れた労働者に対しては**労働安全衛生法第59条第1項(雇入れ時教育の義務)**に基づいた教育を実施する義務があります。
「特定技能は登録支援機関が面倒を見てくれる」と思っていませんか。雇入れ時教育の実施責任は、あくまで受入事業者である施設にあります。登録支援機関の支援計画に含まれることはあっても、それで施設の義務が消えるわけではありません。
リスク1:腰痛——移乗介助が引き起こす腰部負荷
介護施設で最も多い労働災害のひとつが腰痛です。厚生労働省の2024年労働災害発生状況によると、「動作の反動・無理な動作」による休業4日以上の死傷者は22,218人に上ります。この類型のなかで、介護現場での移乗介助は主要な要因のひとつとされています。
「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂)を知っていますか
2013年6月、厚生労働省は19年ぶりに指針を改訂し、介護・看護作業を明示的に対象に加えました。改訂の核心は「原則として人力による人の抱え上げは行わせない」という規定です。スライドボードやリフトなどの福祉機器を積極的に使用することが求められています。
問題は、この指針が日本語のみで示されていることです。外国人スタッフが移乗の際に腰を痛めるケースの多くは、「腰に負担がかかると教わっていなかった」「機器の使い方を日本語で説明されたが理解できなかった」という経緯をたどっています。
正しいフォームを一度教えても、理由まで母国語で理解していなければ身体は覚えにくいものです。
外国人スタッフへの腰痛予防教育の実務
- 移乗介助の正しい姿勢を、写真・イラスト入りの母国語マニュアルで示す
- リフトの操作手順を動画(母国語の字幕つき)で確認させ、入職直後に実技テストを行う
- 「腰を痛めると長く働き続けられない」ことを入職時に母国語でしっかり伝える
- 1ヶ月後にフォローの確認(「腰は痛くないか」を母国語で聞ける体制)
腰痛は発症後の治療より、予防教育のほうがはるかにコストが低いです。入職時の教育に30分を割けば、長期離脱リスクを大きく減らせます。
リスク2:感染症——PPEの着脱と「伝わらない防護手順」
介護施設はインフルエンザ・ノロウイルス・COVID-19など感染症リスクが高い環境です。感染防護具(PPE/個人防護具)の正しい着脱が徹底されているかどうかが、クラスター発生の分かれ目になります。
正直なところ、PPEの着脱手順は「見よう見まね」で覚えてしまう施設が多いです。日本人スタッフ同士なら口頭での補足が効きますが、外国人スタッフには「なぜこの順番で外すのか」の理由が伝わらないまま習慣づけが行われてしまうことがあります。
厚生労働省老健局「介護現場における感染対策の手引き」(第3版・令和5年9月)は、PPEの着脱手順を図解で示した公式資料です。ただし、これも日本語のみ。このまま日本語版を外国人スタッフに渡しても、内容が届かない可能性が高いです。
言語の壁を越えるPPE教育の3ステップ
ステップ1:写真・動画マニュアルの整備
「グローブを外す → 手洗い → マスクを外す → 手洗い」の順番を写真で見せる資料を作ります。文字はできるだけ少なく、写真のキャプションを母国語で添える形が効果的です。動画であれば、実際の着脱動作を撮影して字幕をつけるだけで、大きな教育効果があります。
ステップ2:多言語版ポスターの掲示
脱衣室・ナースステーション・更衣室に、ベトナム語・インドネシア語・中国語(繁体字・簡体字)など、施設に多いスタッフの国籍に合わせたポスターを貼ります。毎日目に入る場所に貼ることで、習慣として身についていきます。
ステップ3:実技確認
口頭説明だけで終わらせず、「では実際にやってみてください」と実技確認を入職時に行います。理解度を確認することは、安全配慮義務(労働契約法第5条・「雇い主は働く人の安全に配慮する義務がある」という法律)を果たすうえでも重要です。
感染対策の教育不足は、スタッフだけでなく入居者・利用者の安全にも直結します。外国人スタッフだからこそ、最初の一回を丁寧に行うことが後の事故を防ぎます。
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リスク3:夜勤孤立——緊急対応時の言語問題
夜勤帯に外国人スタッフが一人で対応を迫られたとき、何が起きるか。「急変した入居者に気づいたが、他の職員にどう伝えればよいかわからなかった」「家族への電話対応が日本語でできなかった」——こうした事例が、施設の信頼問題に発展することがあります。
現場の方ならご存知のとおり、夜勤は少人数です。外国人スタッフに夜勤を任せる場合、緊急時のコミュニケーション手順が整備されているかどうかは、安全配慮義務の観点からも確認が必要です。
夜勤帯の緊急時対応フロー——最低限整備すべき5項目
最低限、以下の情報を母国語でまとめたカードまたはスマートフォン掲示を用意しましょう。
- 急変時の初動手順(バイタル確認 → ナースコール → 夜勤リーダーへの連絡)
- 救急車を呼ぶタイミングと119番での伝え方(日本語フレーズカード:「〇〇で急変が起きました。住所は○○です。来てください」)
- 夜間担当者・オンコール担当者の電話番号(フルネームと写真付き)
- 入居者が転倒したときの対処手順(動かさない・状態確認・連絡)
- 緊急時に使う日本語フレーズ集(「ちょっと待ってください」「今すぐ来てください」)
「緊急時は日本語で対応できなくていい。決まった手順をカード通りに動けばいい」——このシンプルな設計が、外国人スタッフの不安を大きく減らします。
夜勤前の申し送りについても、多言語テンプレートフォームを用意することで、「聞き取れなかった」による引き継ぎ漏れを防げます。
雇入れ時教育で押さえる3つの追加項目
介護施設での雇入れ時安全衛生教育(労働安全衛生規則第35条・全8項目)は、どの業種でも共通の内容を、本人が理解できる言語で実施する義務があります。
介護業界では、この共通8項目に加えて以下の3点を入職時に必ず伝えることをお勧めします。
- 移乗介助の腰痛リスクと正しいフォーム(リフト使用の原則、腰痛予防対策指針に基づく)
- 感染防護具(PPE)の正しい着脱手順(感染経路別の対応、施設内感染予防の仕組み)
- 夜勤帯の緊急連絡フロー(日本語でなくても動ける手順書の活用)
いずれも、現場では「言わなくてもわかる」と思われがちな項目ばかりです。しかし外国人スタッフにとっては、「伝えられていない」ことと「知っている」ことはまったく別の話です。
多言語安全教育を実施するための実務ポイント
多言語教育というと「翻訳コストがかかる」と思われがちですが、優先すべき言語は自施設のスタッフの国籍に合わせるだけでよいです。
介護分野ではEPA対象国(インドネシア・フィリピン・ベトナム)に加え、ミャンマー・ネパール・中国などの出身者が増えています。自施設のスタッフ構成を確認し、まず在籍者の多い1〜2言語の資料を整備して、対象者が増えたら順次追加するという進め方が現実的です。
翻訳・教材作成の3つのアプローチ
アプローチ1:機械翻訳+ネイティブ確認
DeepLなどの機械翻訳で日本語資料を翻訳し、施設内のネイティブスタッフまたは監理団体に確認してもらう方法。コストは低いですが、専門用語(「移乗介助」「バイタル」「ナースコール」)の翻訳精度に注意が必要です。
アプローチ2:外部翻訳ベンダーへの委託
介護分野に精通した翻訳会社に依頼する方法。品質は高いですが、コストと時間がかかります。改訂のたびに費用が発生する点も考慮が必要です。
アプローチ3:多言語eラーニングの導入
法定教育の8項目を、あらかじめ多言語化済みの教材で学ぶ方法。受講ログや理解度テストの結果が残るため、記録管理の手間も省けます。介護特有の追加項目(腰痛・感染症・夜勤)は、自施設の手順に合わせて別途補うのが前提です。
Labonaでできること
Labonaの多言語安全衛生eラーニングでは、安衛則第35条の法定8項目をカバーする 雇入れ時安全衛生教育 を、日本語・英語・ベトナム語・中国語・インドネシア語の5言語で提供しています(学科のみ)。
- 雇入れ時の法定8項目を動画・教科書・理解度テストで学習(修了証PDFを発行・受講ログを保存)
- 施設担当者が受講状況を一覧確認できる管理画面
- スマートフォンから受講可能(夜勤前・休憩中のスキマ学習に対応)
腰痛予防・PPE着脱・夜勤フローなど介護特有の内容は本講座には含まれないため、この記事で紹介した母国語マニュアルや実技確認と組み合わせてご利用ください。人手不足の介護現場で、座学研修のために外国人スタッフを集める時間が取れない施設こそ、法定部分をeラーニングに任せる価値があります。
まとめ
介護施設の外国人スタッフへの安全衛生教育は、腰痛・感染症・夜勤孤立の3大リスクを軸に考えることが出発点です。雇入れ時教育の義務(労働安全衛生法第59条)は国籍を問わず全員に課せられており、「本人が理解できる言語で」実施することが安全配慮義務の観点から求められています。まずは入職時の資料1本を多言語化するところから始め、夜勤帯の緊急フローカードを整備する——この2ステップが現場の安全を大きく変えます。
よくある質問
Q. 外国人介護スタッフへの雇入れ時教育は日本語だけでも法令違反にならないですか?
労働安全衛生法には「日本語で実施する」という規定はありません。ただし安全配慮義務(労働契約法第5条・「雇い主は働く人の安全に配慮する義務がある」という法律)の観点から、本人が理解できる言語で実施することが求められています。日本語のみで実施し、理解できないまま事故が起きた場合、損害賠償リスクが生じます。
Q. 特定技能の外国人は登録支援機関が安全教育を代わりにやってくれますか?
登録支援機関が支援計画の中で安全教育を盛り込む場合もありますが、雇入れ時教育の実施義務は受入事業者(施設)にあります。「登録支援機関に任せた」では法的責任は免れません。受入後、施設として教育を実施・記録することが必要です。
Q. 腰痛予防のリフト導入は法律上の義務ですか?
厚生労働省の「職場における腰痛予防対策指針」(2013年改訂)では「原則として人力による人の抱え上げは行わせない」とされており、リフト等の積極的な使用が求められています。行政上の義務規定ではありませんが、指針に反して事故が起きた場合、安全配慮義務違反として損害賠償の根拠になりえます。
Q. 夜勤の緊急対応マニュアルは何言語に対応すればよいですか?
自施設の外国人スタッフの国籍に合わせて対応するのが基本です。「自施設のスタッフが読める言語」を優先し、5言語すべてを一度に整備する必要はありません。
Q. EPA介護福祉士候補者には特別な安全教育の配慮が必要ですか?
法的には特定技能や技能実習と同じく、労働安全衛生法上の教育義務が適用されます。EPA候補者は日本語学習中の段階で就労する場合もあるため、特に入職初期は母国語の教材と通訳サポートが重要です。
関連ガイド
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