グラインダーを扱う作業に外国人が配置された。そのとき「どんな教育が必要なのか」と頭を悩ませている担当者は少なくないはずです。自由研削といしの取替えは、安衛則第36条第1号に基づく特別教育が法的に義務付けられた業務です。外国人の場合はさらに問いが重なります——「本人が理解できる言語で実施しているか」という点が、安全配慮義務の観点から問われます。この記事を読めば、法令の根拠から実践手順まで一通りつかめます。
自由研削といし特別教育は事業者の法定義務——安衛則第36条第1号の結論
法令上の結論を先に言います。グラインダー(研削盤)に砥石(といし)を取り付ける業務、または取り付け後に試運転する業務を行わせる前に、事業者は「特別教育(業務に就く前に事業者が実施しなければならない法定の安全教育)」を実施しなければなりません。根拠は労働安全衛生法第59条第3項(危険有害業務に就かせる前の教育義務)と、それを受けた安全衛生規則(安衛則)第36条第1号です。
対象業務は「研削といしの取替え又は取替え時の試運転の業務」です。日常の研削作業(削る動作そのもの)は対象外ですが、「砥石を換えて試し回しをする」動作は対象に入ります。現場では「砥石交換くらいは教育なしでいい」という誤解を耳にしますが、これは誤りです。
未実施の場合は、労働安全衛生法第119条第1号により 6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金 が科される可能性があります。行政指導だけで終わらないケースも出ていますので、軽く見ないでください。
なお、この特別教育は日本人・外国人を問わず、砥石交換を行うすべての従業員に必要です。外国人だけの問題ではありません。
学科4時間・実技2時間——特別教育規程の科目と時間
学科と実技で合計6時間以上が法定です。安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第2条に科目と時間が定められています。
学科教育(合計4時間)
研削といしの知識として「研削といしの種類・等級・形状・特性・破損の危険防止」(2時間)、「研削といしの取替え・試運転の方法」(1時間)、「研削盤の取扱いに関する知識」(1時間)の構成です。
実技教育(2時間以上)
「自由研削用といしの取付け方法及び試運転の方法」を2時間以上行います。手順を身体で覚えさせる内容ですので、映像だけで済ませることはできません。
ここがポイントなのですが、実技は「2時間以上」と書かれています。外国人の場合は言語の壁から内容確認に時間がかかることが多く、余裕を持って時間設定するほうが安全です。
記録保管は安衛則第38条により義務です。実施日・科目・時間・氏名を記録した書面を 3年間 保存しなければなりません。
特別教育の記録書式は決まったフォーマットがありません。実施日・実施者(会社名・担当者名)・受講者氏名・科目・時間・使用テキスト名が記載されていれば有効です。
研削といし破裂はなぜ起きるか——典型事故3パターン
特別教育が義務化された背景には、研削といし破裂事故の深刻さがあります。砥石は高速回転(周速毎秒30〜80m)するため、破裂すると破片が猛烈な勢いで飛散します。1,000rpmを超えて回転する砥石の破片の威力は、鉄板を貫通するほどです。
実はこれ、現場では「何年も使ってきたが一度も破裂していない」という経験則が、危険感覚を鈍らせがちです。破裂事故は起きるまで「自分には関係ない」と思われている。だから教育の意味が特に大きい業務です。
典型的な事故パターンは3つです。
① 不適合砥石の取り付け 機械の最高使用周速度を超える砥石を誤って装着するケース。砥石本体に記載された最高使用回転数と研削盤の仕様を照合する手順を教育していないと起きます。
② フランジ(固定金具)の締め付け不良 砥石を挟むフランジが傾いていたり、締め付けトルクが不均一だったりすると、回転中に偏心が生じて破裂します。「締めればいい」ではなく、適正トルクと均等締めの手順が重要です。
③ 損傷砥石の使用継続 使用前の外観・打音(たたいて亀裂音を確認する検査)を省略したまま、亀裂が入った砥石を回し続けるケース。交替制の現場で「前の人が確認したはず」という思い込みが起きやすい。
外国人労働者の労働災害に目を向けると、令和6年の統計では外国人労働者の死傷者数(4日以上の休業)は5,672人で前年比864人増、うち製造業が全体の48.3%を占めています(出典:厚生労働省「令和6年の労働災害発生状況」)。研削といし関連の機械災害は製造業の事故類型の中でも頻度が高いカテゴリです。正しい取付け手順の理解で防げた事故が多く含まれています。
製造業における外国人労働者の安全教育の全体像は 製造業の外国人労働者 安全教育チェックリスト も参考にしてください。
「日本語だけでは不十分」——外国語実施の法的根拠
率直に申し上げると、「日本語で形式上実施した」だけでは、外国人に対して安全配慮義務を果たしたとは言い切れません。
厚生労働大臣の指針「外国人労働者の雇用管理の改善等に関して事業主が適切に対処するための指針」では、安全衛生教育の実施に当たって 母国語等を用いる、視聴覚教材を用いる等、理解できる方法で行うよう努力義務 を課しています。
さらに、労働契約法第5条(安全配慮義務:雇い主が働く人の安全に配慮しなければならない義務)の観点では、「教育を実施した」だけでなく「教育の内容が理解されていた」ことが問われます。外国人が日本語の教育を受けたが内容を理解できなかった状態で事故が起きた場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われた判例が出ています。
現場の方ならご存知のとおり、外国人に「わかりましたか?」と聞けば「はい」と返ってくることが多いです。確認方法は言葉による返答より、「砥石の取付け手順を自分の言葉で説明させる」「実技の手順を再現させる」ほうが確実です。
多言語対応の特別教育に関する法令の全体像は 特別教育の多言語対応 完全ガイド で詳しく解説しています。
5言語対応の現実的な選択肢
外国語で実施するための手段は大きく3つです。
① 自社翻訳 テキストを翻訳ツールで外国語に変換する方法。初期コストは低いですが、研削といしの専門用語(フランジ、試運転、目違いなど)は一般的な翻訳ツールで正確に変換されないことが多い。翻訳ミスがそのまま誤学習につながるリスクがあります。
② 外部翻訳ベンダーへの委託 産業翻訳の専門会社に依頼する方法。品質は高いですが、1言語あたり数万円〜が相場です。5言語対応するには相応のコストがかかります。法改正のたびに更新費用も発生します。
③ 多言語対応 eラーニング教材の活用 法令専門家の監修済みで翻訳・映像化された教材をそのまま使う方法です。受講記録も自動保管されるため、3年保管の義務への対応も兼ねられます。日本語・英語・ベトナム語・中国語・インドネシア語の5言語に対応した教材であれば、多くの現場をカバーできます。
正直なところ、コスト・翻訳品質・法改正追従性のバランスを考えると、eラーニングが最も実用的な選択です。ただし実技2時間は映像だけで代替できません。学科をeラーニング、実技は現場での習熟確認という ハイブリッド運用 が、今の製造現場での主流になっています。
→ 体験デモを試す
「業務従事者教育」との混同に注意
特別教育と混同しやすい制度があります。労働安全衛生法第60条の2(危険有害業務従事者に対する教育) に基づく「業務従事者教育(きょういく:すでに業務に従事している労働者を対象にした定期的な技能向上教育)」です。
ここで一度整理してみます。
特別教育は業務に 初めて就かせる前 に実施する義務教育です。未実施のまま業務に就かせると即・法令違反です。
業務従事者教育は、すでに業務に従事している労働者に対して、おおむね 5年ごと に実施する教育です。義務ではなく厚労省指針による推奨ですが、継続的な安全意識の維持に有効です。
つまり実務上は、採用時・配置替え時に特別教育を実施し、その後5年程度を目安に業務従事者教育で知識を更新する。この二段構えが基本です。
外国人労働者に対しても、それぞれ本人が理解できる言語で行う必要があります。「特別教育を一回やれば終わり」ではない点を押さえてください。
まとめ
自由研削といしの取替え・試運転業務は、安衛則第36条第1号に基づく特別教育(学科4時間・実技2時間)が法定義務です。外国人労働者に対しては、日本語のみの実施は安全配慮義務上のリスクを残します。多言語対応 eラーニングで学科を対応し、実技は現場確認とセットにするハイブリッド運用が現実的な解決策です。記録は3年保管が義務。まず自社の外国人労働者の中に砥石交換業務を行っている人がいないか確認し、特別教育の実施状況を点検するところから始めてください。
よくある質問
Q. グラインダーで削る作業自体にも特別教育が必要ですか?
研削作業そのものは安衛則第36条第1号の対象外です。ただし、研削作業に付随して砥石の取替えや試運転を行う場合は、その業務について特別教育が必要です。兼務する場合は特別教育を修了させてください。
Q. 以前に受講した記録が見つかりません。再受講は必要ですか?
記録がなければ実施を証明できません。再受講を実施して、新たな記録を作ってください。監督署の調査時に記録を提示できないと、未実施と同等に扱われる可能性があります。
Q. 日本語教材に通訳を付けて実施する方法は認められますか?
通訳を付けた同時通訳方式は認められます。ただし通訳者が安全教育の専門用語を正確に理解している必要があります。教育後に受講者が手順を自分の言葉で説明できるか確認してください。映像教材の字幕付き多言語版と組み合わせると確実性が上がります。
Q. 派遣で来た外国人に砥石交換をさせる場合、教育の義務は派遣元ですか派遣先ですか?
特別教育は実際にその業務に就かせる側、つまり 派遣先 の義務です(労働者派遣法第45条による労安法適用特則)。派遣元が実施済みの記録があれば再実施は不要ですが、記録の確認と配置業務の内容確認は派遣先でも行ってください。
Q. 「自由研削といし」と「機械研削といし」は別の特別教育ですか?
別の特別教育になります。自由研削用といし(グラインダー用)は安衛則第36条第1号、機械研削用といし(平面研削盤・円筒研削盤等)は安衛則第36条第2号が適用されます。多くの金属加工・機械製造の現場では両方使用することがあり、それぞれの特別教育が必要です。



