アーク溶接の現場に外国人労働者を配置するとき、「特別教育を受けさせた」という記録だけでは不十分なケースが増えています。2021年の溶接ヒューム規制強化と2024年の化学物質自律管理制度施行により教育内容が複合化し、「本人が理解できる言語で実施したか」が安全配慮義務上で問われるようになったからです。この記事では、安衛則第36条第3号に基づくアーク溶接特別教育を外国語で実施するための方法を、法令の整理から多言語教材の選定まで具体的に解説します。
アーク溶接等の業務に係る特別教育とは
電気溶接機を使ってアーク放電で金属を接合・切断する業務には、労働安全衛生規則(以下「安衛則」)第36条第3号(危険・有害業務に労働者を就かせる前に特別教育を行う義務の根拠条文)に基づき、事業者に特別教育の実施義務があります。対象は「アーク溶接機を用いて行う金属の溶接、溶断等の業務」全般です。
TIG溶接・MIG溶接・被覆アーク溶接・炭酸ガス溶接など、アーク放電を利用する主要な電気溶接方式はほぼ全て対象になります。ガス溶接(アセチレン等を使う溶接)は別の規制体系(技能講習)に区分されるため、混同しないよう注意してください。
整理: アーク溶接特別教育(安衛則第36条第3号)の対象は「アーク放電を使う電気溶接全般」。ガス溶接・ガス切断は対象外で、ガス溶接技能講習(労安法第61条)が別途必要です。
未受講の労働者を従事させた場合、労働安全衛生法第119条(6ヶ月以下の懲役または50万円以下の罰金)の対象になります。元請の安全パトロールで未受講が発覚した場合、入場禁止・是正指示につながるケースも珍しくありません。
学科11時間・実技の教育内容
学科・実技ともに、安全衛生特別教育規程第4条が時間・科目の最低基準を定めています。学科は合計11時間以上で、科目の内訳はおおむね以下のとおりです。
- アーク溶接等に関する知識(1時間)
- アーク溶接装置に関する知識(3時間)
- アーク溶接等の作業方法に関する知識(6時間)
- 関係法令(1時間)
実技はアーク溶接装置の取扱い・作業方法について10時間以上となっています。実技は各事業所で「実技実施責任者」を選任し、実際の溶接装置を使って対面で実施します。
実務上多いのが、学科を外部機関(コベルコ教習所・コマツ教習所・CIC等)に委託し、実技を社内で完結させるパターンです。外部委託の学科費用は3〜5万円程度ですが、外国語対応の実施機関は限られており、事前確認が必須です。
ここがポイントなのですが、11時間の学科はあくまでも「理解確認を含めた時間」として設計されています。受講者が日本語を理解できないまま11時間を消化しても、形式的なクリアにとどまるリスクがあります。この点は後の法的論点の節で詳しく解説します。
溶接ヒュームと化学物質規制改正の関係
溶接ヒュームとは、金属が溶融した際に発生する超微細な粒子のことです。長期間吸い込むと神経障害(手のふるえ・認知機能低下)・じん肺(肺の線維化)・肺がんのリスクが高まることが明らかになり、2021年4月に特定化学物質(第2類物質)に指定されました。
これにより、アーク溶接を行う事業場には特定化学物質障害予防規則(特化則)が適用されるようになりました。特別教育の実施に加えて、次の措置が別途義務付けられています。
- 特定化学物質等作業主任者(第2類)の選任
- 全体換気・局所排気による溶接ヒュームの排除
- 防じんマスク等の適切な呼吸保護具の着用と濃度測定
- 特殊健康診断(肺機能・神経学的検査)
さらに2024年4月には化学物質の自律管理制度が本格施行され、リスクアセスメント(作業環境中の化学物質リスクを事業者が自ら評価・管理する仕組み)の実施と労働者への結果周知が義務化されました。
率直に申し上げると、このリスクアセスメント結果の「労働者への周知」を外国語でどう行うかが、今もっとも見落とされやすい論点です。日本語のSDS(安全データシート:化学物質の危険性をまとめた資料)を貼り出すだけでは、外国人労働者に内容が伝わらず、安全配慮義務違反に問われ得ます。
特別教育のカリキュラム内でも、溶接ヒュームの発生機序・健康影響・呼吸保護具の正しい装着方法を外国語で伝えることが、今後ますます重要になります。
外国人労働者への言語対応が急務な理由
令和5年(2023年)、外国人労働者の死傷災害は全業種で5,672件(厚生労働省「令和5年の労働災害発生状況」)。そのうち製造業が48.3%、約2,741件を占めています。
製造業に勤める外国人の年千人率(1,000人あたりの死傷者数)は6.5。同業種の全労働者平均2.6と比べて約2.5倍です。技能実習生に限ると年千人率4.10で、全労働者平均2.36の約1.7倍になります。
統計出典: 厚生労働省「令和5年の労働災害発生状況」(2024年公表)。年千人率は休業4日以上の死傷者数をもとに算出。
現場の方ならご存知のとおり、この差の主因の一つが「日本語での安全教育が実質的に機能していない」ことです。特にアーク溶接は、感電・紫外線による電気性眼炎(目の角膜が炎症を起こす症状)・溶接ヒューム吸引という3種類のリスクが同時に存在します。それぞれの予防行動を「頭で理解した上で身体で実践できる状態」にしなければ、事故は防げません。
言語の壁が安全教育の効果を削いでいる状況は、安全配慮義務(労働契約法第5条: 使用者は労働者の生命・身体・健康を危険から守る義務を負う)の問題として顕在化しつつあります。
「本人が理解できる言語で」の法的論点
労働安全衛生法・施行規則には「日本語で実施すること」という規定はありません。ただし安全配慮義務は、実質として「労働者が危険を理解し、回避行動をとれる状態にすること」を使用者に求めます。
2024年7月の大阪地裁判決(金属加工会社・プレス機事故事案)は、この論点を鮮明にした事例です。教育実施の記録は存在したものの、「外国人労働者が内容を実質的に理解していたとは認められない」として安全配慮義務違反が認定されました(大阪地裁判決の詳細解説はこちら)。
溶接現場にも同じ論理が当てはまります。日本語テキストを配布・読み上げるだけで修了証を発行しても、事故発生時に「実施したことにならない」リスクがあります。
「理解できる言語で実施した」という証跡として有効なのは次のとおりです。
- 外国語版テキストを使用した記録(テキスト名・使用言語・配布日)
- 通訳が同席した場合は通訳者の氏名・対応言語
- 外国語での理解度確認テスト(スコアと日付の記録)
- eラーニングの修了記録(受講者名・言語設定・受講日時・合格スコア)
外国語実施の3つの選択肢
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アーク溶接特別教育を外国語で実施する選択肢は、大きく3つあります。コスト・スピード・証跡の質、それぞれの軸で自社の状況に合う方法を選んでください。
選択肢1: 通訳を手配して日本語テキストで実施
既存の日本語教材をそのまま使えるため準備コストが低い。ただし通訳費用が1日あたり2〜4万円程度かかり、溶接の専門用語を正確に訳せる通訳者は多くありません。受講者が入れ替わるたびに繰り返し費用が発生するのも、担当者にとって悩ましい点です。
選択肢2: 外国語版テキストを調達して社内実施
中央労働災害防止協会(中災防)や一部の教習機関が英語・中国語・ベトナム語・インドネシア語版テキストを提供しています。テキスト自体は1,000〜3,000円程度と低廉です。課題は、実施責任者が翻訳の正確性を確認できるか、外国語での理解度確認をどう設計するかです。
選択肢3: 多言語eラーニングを活用(ハイブリッド設計)
5言語対応のeラーニングなら、学科部分を各自のペースで外国語受講させ、実技のみ社内で実施するハイブリッド設計が可能です。2021年1月の厚労省通達(安全衛生教育のオンライン実施の公式容認)では、本人特定・理解度確認・3年間の記録保管の3要件を満たせば学科のオンライン実施が認められています(オンライン実施の要件詳細)。
夜勤交代の合間に学科を受けてもらうのは現実的に難しい。eラーニングなら休憩時間や自宅でも受講でき、修了記録が自動保管される点が担当者には特に評価されます。
実はこれ、現場では「eラーニングを使ったら監督署に指摘されないか」という懸念をよく耳にします。2021年の通達で明示的に容認されている以上、要件を満たせばむしろ証跡として評価されます。
業種別の典型運用
自動車部品製造(スポット溶接・MIG溶接)
ベトナム人・インドネシア人が多い自動車部品工場では、学科をeラーニング(ベトナム語/インドネシア語)で受講させ、実技は製造ライン横で実施責任者が立会い確認するパターンが定着しつつあります。溶接ヒューム対策(防じんマスク着用・換気確認)の実技も同時に組み込むと、複数の義務を1回の実技で確認できて効率的です。
鉄骨製造・建設(被覆アーク溶接・炭酸ガス溶接)
中国語・ベトナム語対応が優先課題になる鉄骨工場では、足場の組立て等特別教育(安衛則第36条第39号)との同時受講設計も有効です。それぞれの記録は明確に分けて保管してください。元請の安全監査で「アーク溶接特別教育の記録」と「足場特別教育の記録」を混在させていると指摘されるケースがあります。
設備・配管工事(TIG溶接)
現場入場前に外国語eラーニングで学科を修了させ、入場初日に実技確認するフローが入場時間のロスを最小化できます。現場ごとに受講状況の確認が必要な場合は、クラウドの修了記録への即時アクセスが実務上の大きな強みになります。
まとめ
アーク溶接等の業務に係る特別教育(安衛則第36条第3号)は、学科11時間・実技10時間の実施が義務です。外国人労働者への実施では「記録の存在」だけでなく、「理解できる言語での実施」という実質的な証跡が安全配慮義務上で求められます。
2021年の溶接ヒューム特定化学物質指定と2024年の化学物質自律管理制度施行により、教育内容の複合化が進んでいます。通訳・外国語テキスト・多言語eラーニングの3つの選択肢から、自社の言語構成・受講頻度・証跡管理の方針に合わせた方法を選び、修了記録と言語対応の証跡を3年以上保管してください。
よくある質問
Q. アーク溶接特別教育を外国語で実施しても、法令上有効ですか?
有効です。労働安全衛生法・施行規則に「日本語で実施すること」という規定はありません。本人特定・理解度確認・修了記録の保管という要件を満たした上で外国語で実施すれば法令上問題ありません。安全配慮義務の観点から「外国語で実施した」という証跡を残すことが重要です。
Q. 学科のみ外部機関に委託し、実技は社内で実施できますか?
できます。実務上よく使われる組み合わせです。実技は「実技実施責任者」を事業所内で選任し、実際のアーク溶接装置を使って対面で実施してください。外部委託分と社内実施分の両方の受講記録を保管する必要があります。
Q. 溶接ヒューム対策は、アーク溶接特別教育とは別に必要ですか?
別途必要です。特別教育は安衛則第36条第3号の義務で、溶接ヒューム対策は特定化学物質障害予防規則(特化則)の義務です。特化則では作業主任者の選任・換気措置・特殊健診が義務付けられており、特別教育の修了では代替できません。
Q. TIG溶接・MIG溶接もアーク溶接特別教育の対象ですか?
対象です。安衛則第36条第3号の「アーク溶接機を用いて行う金属の溶接、溶断等の業務」には、TIG・MIG・MAG・被覆アーク溶接など、アーク放電を利用する溶接全般が含まれます。ガス溶接(アセチレン等)は別扱いです。
Q. eラーニングで学科を受講させた場合、記録はどう保管すればよいですか?
受講者氏名・受講日・受講時間・科目・理解度確認の結果を3年以上保管してください。eラーニングシステムが修了記録を自動保管する場合はCSVまたはPDFでバックアップします。元請監査への即時提示を考慮すると、クラウドでの一元管理が最も効率的です。



