要約
- アーク溶接機を使う溶接・溶断等の業務には、安衛則第36条第3号の特別教育(学科11時間・実技10時間)が必要。ガス溶接は技能講習、スポット溶接はこの教育の対象外
- 厚生労働省の災害事例では、雨で濡れた作業者が、正常に動いていた自動電撃防止装置付きの溶接機で感電死している
- 実技10時間は、毎日の点検、溶接の基本作業、濡れた所・狭い所・高い所の条件別の3つに分けて組み立てる
- 溶接ヒュームの換気、呼吸用保護具、作業主任者、健康診断は特定化学物質障害予防規則の義務で、特別教育を修了しても代わりにはならない
外国人スタッフが、本国や前の職場で溶接をしていた。腕は確かに見える。それでも日本の現場に立つ前には、特別教育が必要です。溶接の技量と、感電やヒュームから身を守る知識は別のものだからです。
アーク溶接の事故で怖いのは感電です。溶接棒とホルダーは、手で持つ道具でありながら電気が流れています。この記事では、対象の線引き、厚生労働省の感電事例、合計21時間の組み立て方、溶接ヒュームの義務、現場で使う言葉の5言語対訳を整理します。
対象になる溶接、ならない溶接
安衛則第36条第3号の対象は「アーク溶接機を用いて行う金属の溶接、溶断等」の業務です。未受講のまま就かせると、労働安全衛生法第119条第1号により6月以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金の対象になり得ます。
現場の作業に置き換えると、次のように分かれます。
| 作業 | 扱い |
|---|---|
| 被覆アーク溶接、炭酸ガス溶接、MAG溶接、MIG溶接、TIG溶接 | 対象(アーク溶接機を用いる) |
| アークを使う溶断、アークエアガウジング | 対象(「溶接、溶断等」に含まれる) |
| プラズマ切断 | 条文だけでは明確でない。危険が共通するため対象として教えるのが安全 |
| スポット溶接(抵抗溶接) | 対象外(アーク溶接機を用いない) |
| ガス溶接・ガス切断 | 対象外。可燃性ガスと酸素を用いる業務で、安衛法施行令第20条第10号の就業制限により、ガス溶接技能講習の修了等が必要 |
取り違えやすい制度が、ほかに2つあります。
- 金属アーク溶接等作業主任者:特別教育とは別に、限定技能講習などの修了者から選ぶ役割です(特化則第27条)。特別教育を修了しただけでは就けません
- 溶接技能者の資格:日本溶接協会の評価試験などは、溶接の技量を示す民間の資格です。特別教育の代わりにはなりません。逆に、特別教育の修了は技量の証明にもなりません
濡れた作業着で感電死——厚労省の災害事例
厚生労働省「職場のあんぜんサイト」の労働災害事例から、感電の2件と点検の1件を紹介します。
事例1:雨で濡れた作業者が、正常な装置付きの溶接機で感電
建設現場で、枠組み足場に腰を下ろして交流アーク溶接をしていた作業者の死亡事例です。途中で雨が降り出し、作業場所をシートで覆う作業で作業衣がずぶ濡れになりました。その後も溶接を続け、溶接棒に触れて感電したと考えられています。
溶接機には自動電撃防止装置が内蔵され、機能に異常はありませんでした。この装置は高抵抗始動型で、ふだんの出力電圧は17Vですが、抵抗が327Ω以下になると80Vに切り替わります。乾いた状態で10,000Ω程度ある人体の抵抗は、濡れると25分の1以下に下がります。作業者の体が水で濡れて327Ω以下になっていたため、溶接棒に触れた瞬間に電圧が上がり、250mA程度以上の電流が流れたとみられています。作業者は特別教育を受けていませんでした(出典:No.385)。
「電撃防止装置が付いているから大丈夫」とは言えないことを示す事例です。対策として、環境に応じた型の使い分け、天候の変化を考えた作業標準、体勢を変えるときに溶接棒をホルダーから外すことが挙げられています。
事例2:盆休みの工場で1人、汗に濡れた軍手のまま
金属製品の製造工場で、休みの日に1人で鋼製の窓格子枠を溶接していた作業者が、溶接棒ホルダーからの通電で死亡した事例です。気温は30℃を超え、窓は閉まり、扇風機も使っていませんでした。作業服と布製の軍手は汗で濡れていました。溶接機は無負荷電圧60V、自動電撃防止装置は未設置で、保護手袋も使っていませんでした(出典:No.782)。
自動電撃防止装置の使用を義務づける安衛則第332条は、導電体に囲まれた著しく狭い場所や、2メートル以上の高さで鉄骨等に触れるおそれのある場所などを定めています。一方、この事例は工場の土間で起きました。事例の対策は自動電撃防止装置の設置を挙げており、義務のある場所かどうかだけで判断しないことが大切です。
事例3:20年使った溶接機の主接点が溶着していた
造船業の事業場で、交流アーク溶接機の電撃防止装置の主接点が溶着して開かなくなり、作業者が感電して死亡した事例です。約20年使われ、定期的な検査も使用開始前の点検も行われていませんでした。労働者への安全教育もされていませんでした(出典:No.101283)。
事例3は、装置が付いていても、毎日の点検がなければ守りにならないことを示しています。安衛則第352条は、その日の使用を開始する前に点検することを求めています。
学科11時間・実技10時間の科目
安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第4条が定める科目と最低時間は次のとおりです。
| 区分 | 科目 | 範囲 | 時間 |
|---|---|---|---|
| 学科 | アーク溶接等に関する知識 | アーク溶接等の基礎理論、電気に関する基礎知識 | 1時間 |
| 学科 | アーク溶接装置に関する基礎知識 | 直流アーク溶接機、交流アーク溶接機、交流アーク溶接機用自動電撃防止装置、溶接棒等及び溶接棒等のホルダー、配線 | 3時間 |
| 学科 | アーク溶接等の作業の方法に関する知識 | 作業前の点検整備、溶接、溶断等の方法、溶接部の点検、作業後の処置、災害防止 | 6時間 |
| 学科 | 関係法令 | 法、令及び安衛則中の関係条項 | 1時間 |
| 実技 | アーク溶接装置の取扱い及びアーク溶接等の作業の方法 | ― | 10時間以上 |
学科の半分以上を占める「作業の方法」6時間に、事例の教訓の多くが入ります。電気の基礎知識は1時間の科目の一部に過ぎないので、「なぜ濡れると危ないのか」は事例を使って経験者にも説明し直してください。
実技10時間の組み立て方
規程は実技の内容と時間を定めていますが、配分は定めていません。10時間は長いので、目的別に3つに分けると組み立てやすくなります。下の配分は一例で、法定のものではありません。
毎日の点検と保護具(2時間の例)
受講者が自分で最後まで通します。第352条の点検を意識し、順序を固定します。
- 溶接機の外箱、接地、端子カバーを確かめる
- 電撃防止装置の作動を、点検用スイッチと表示灯で確かめる
- ホルダーの絶縁カバーと、ケーブルの接続部の傷みを確かめる
- ケーブルを端から端まで目で追い、帰線クリップを母材にしっかりはさむ
- 保護面、乾いた手袋、呼吸用保護具を着け、周りの可燃物を確かめる
異常を見つけたら、その溶接機は使わずに報告します。装置を自分で外さないことも、ここで確認します。
溶接の基本作業(5時間の例)
アークの出し方、運棒、溶接部の点検、作業後の処置を、実際に使う溶接方法で行います。TIG溶接の現場なら被覆アーク溶接ばかり練習しても意味が薄いので、職場の機械に合わせてください。
指導役は、棒の交換の動きを必ず見ます。溶接棒の交換では、手袋が濡れていないか、体が母材に触れていないかを確かめます。作業をやめて場所を移るときは、溶接棒をホルダーから外します。ホルダーをわきにはさんで移動しないことも、動作で覚えてもらいます。
現場条件別の対応(3時間の例)
事例は、溶接の腕ではなく条件の変化で起きています。自社の現場に合わせて次の場面を選び、「作業を止める判断」を練習します。
- 雨が降り出した、作業着が濡れた、汗が多い
- タンクの中や狭い場所で作業する
- 足場の上や鉄骨の近くで作業する
受講者が「止めて報告する」と母語で言えるか、どこに連絡するかを言えるかまで確かめます。言葉の不安がある人ほど、止める判断を自分から口にしにくいからです。
指導役の資格は法令に定めがなく、その業務に十分な知識と経験がある人を事業者が選びます。
溶接ヒュームの措置は特別教育とは別の義務
溶接ヒュームは、溶接の熱で金属が蒸気になり、冷えてできた細かい粒です。マンガンによる神経機能障害や肺がんのリスクを踏まえ、令和3年(2021年)4月から特定化学物質(第2類物質)に加わりました。これにより、次の措置が特定化学物質障害予防規則(特化則)の義務になっています。
| 措置 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 換気 | 屋内作業場で全体換気装置による換気、又はこれと同等以上の措置 | 特化則第38条の21第1項 |
| 呼吸用保護具 | 金属アーク溶接等作業に従事させるときは、有効な呼吸用保護具を使用させる | 同第5項 |
| 濃度の測定 | 屋内で継続して行う作業場で、作業方法を新たに採用・変更するときに測定する | 同第2項 |
| フィットテスト | 面体を有する呼吸用保護具は、1年以内ごとに1回、装着の確認を行い記録を3年間保存する | 同第9項 |
| 作業主任者 | 特定化学物質作業主任者、又は金属アーク溶接等作業主任者を選任する | 特化則第27条 |
| 健康診断 | 対象業務に常時従事する労働者に、6か月以内ごとに1回 | 特化則第39条・別表第三 |
外国人労働者には、マスクを着ける理由を学科で伝えたうえで、実技の中で実際に着けさせてください。ヒュームの健康障害は遅れて出るため、感電やけがより危険を実感しにくいからです。
現場で使う言葉の5言語対訳
Labona のアーク溶接講座の用語集から、感電と保護具に関わる語を抜き出しました。
| 日本語 | 英語 | ベトナム語 | 中国語 | インドネシア語 |
|---|---|---|---|---|
| 溶接棒 | welding rod | que hàn | 焊条 | elektroda las |
| ホルダー | electrode holder | kìm hàn | 焊钳 | holder elektroda |
| 電撃防止装置 | shock prevention device | thiết bị chống điện giật | 防触电装置 | perangkat pencegah sengatan listrik |
| 帰線 | work return cable | cáp hồi về | 回路电缆 | kabel balik |
| 接地 | grounding | nối đất | 接地 | pembumian |
| 感電 | electric shock | điện giật | 触电 | sengatan listrik |
| 溶接ヒューム | welding fumes | khói hàn | 焊接烟尘 | asap las |
| 保護面 | welding helmet | mặt nạ hàn | 焊接面罩 | topeng las |
| 呼吸用保護具 | respirator | thiết bị bảo vệ hô hấp | 呼吸防护用品 | alat pelindung pernapasan |
| 電気性眼炎 | welder’s flash | viêm mắt do hồ quang hàn | 电光性眼炎 | radang mata akibat sinar las |
参考訳です。現場で使う呼び方に合わせてください。
現場で「アース」と呼ばれる帰線と、溶接機の外箱の接地は別のものです。同じ訳語にまとめると、点検の指示が通じなくなります。
外国語で実施するときに押さえること
法令に「日本語で実施する」という規定はありません。外国語で実施するときは、本人が内容を理解できたことを確かめ、使用した言語と確認の結果を記録に残します。通訳・翻訳教材・eラーニングの比較と、外国語での理解度確認はまとめ記事に委ねます。
Labona では、アーク溶接等特別教育の学科(11時間・5言語)を提供しています → 講座ページ。Labona が発行するのは学科受講証明書で、実技10時間以上の実施と特別教育の修了認定は事業者が行います。
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よくある質問
Q. 本国で溶接の経験が長い人でも、特別教育は全部必要ですか?
安衛則第37条では、科目の全部または一部について十分な知識と技能を有していると認められる労働者は、その科目を省略できます。ただし、日本の法令や電撃防止装置、ヒューム規制の知識まで確認できるとは限りません。省略するなら科目ごとに確認し、判断の根拠を記録しておくことをお勧めします。
Q. スポット溶接しか行わない作業者にも必要ですか?
スポット溶接は電極で挟んで通電する抵抗溶接で、「アーク溶接機を用いて行う」作業ではないため、この特別教育の対象には含まれません。同じ人がアーク溶接も行うなら対象です。
Q. 溶接ロボットの担当者にも、この特別教育は必要ですか?
担当する作業によります。ロボットの教示等や検査等で可動範囲内に入る業務には、安衛則第36条第31号・第32号の別の特別教育が定められています。手作業のアーク溶接も行うなら、第3号の教育も必要です。
Q. 溶接ヒューム対策は、この特別教育で足りますか?
足りません。換気、呼吸用保護具、作業主任者、健康診断は特化則の義務で、特別教育の修了では代えられません。粉じん障害防止規則の特別教育も別の作業が対象で、溶接は含まれません。
Q. TIG溶接だけを行う人にも、交流アーク溶接の内容は必要ですか?
規程の学科の範囲は直流・交流の溶接機の両方を含むため、学科は省かずに受講させてください。実技は、実際に使うTIG溶接機で行うのが効果的です。
関連ガイド
参考一次資料
- 労働安全衛生規則 第36条・第37条・第331条・第332条・第352条(e-Gov 法令検索)
- 労働安全衛生法 第59条・第119条(e-Gov 法令検索)
- 労働安全衛生法施行令 第20条(e-Gov 法令検索)
- 特定化学物質障害予防規則 第27条・第38条の21・第39条(e-Gov 法令検索)
- 安全衛生特別教育規程 第4条(厚生労働省法令等データベース)
- 溶接ヒューム・塩基性酸化マンガンに係る特定化学物質障害予防規則等の改正(厚生労働省)
- 労働災害事例 No.385 雨の中でアーク溶接作業をしていて感電する(職場のあんぜんサイト)
- 労働災害事例 No.782 猛暑の中でのアーク溶接作業中に感電死(職場のあんぜんサイト)
- 労働災害事例 No.101283 交流アーク溶接機を使用中に感電する(職場のあんぜんサイト)
- 一般社団法人 日本溶接協会
