特定技能「造船・舶用工業」で働く外国人労働者が増えています。造船所特有のリスクは、閉囲空間(船体内部)・溶接作業・高所作業の3つに集約され、それぞれ法定の特別教育義務が伴います。「外国人でも受講記録があれば十分」という認識では、安全配慮義務(雇い主が従業員を危険から守る法的責任)違反を問われるリスクがあります。この記事では、造船所の現場責任者・安全衛生担当者が押さえるべき3大リスクと多言語対応の教育設計を整理します。
造船業の外国人雇用 ── 特定技能で拡大する現場
2019年に創設された特定技能「造船・舶用工業」分野では、在留者数が年々積み上がっています。熟練技能を要件とする特定技能2号への移行も始まりました(分野別の最新値は出入国在留管理庁の公表資料をご確認ください)。全産業でみると、令和7年10月末時点の外国人労働者数は2,571,037人で過去最多を更新しています(厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況まとめ」令和8年1月30日公表)。
造船の仕事は、船殻(せんこく=船体の骨格部分)内部での溶接・塗装・点検から、高さ数十メートルに及ぶ外板作業まで多岐にわたります。国内製造業でもリスク密度が高い現場のひとつです。こうした業務に外国人を就かせるには、労働安全衛生法(以下「労安法」)第59条第3項に基づく「特別教育(危険・有害業務に従事させる前に事業者が実施を義務付けられている教育)」を本人が理解できる言語で行うことが、安全配慮義務上の最低要件です。
3大リスクと対応する特別教育の全体像
造船業の安全教育を設計するうえで、まず3つのリスク領域と対応する特別教育を確認します。
3大リスクと対応特別教育の整理
① 閉囲空間の酸素欠乏・硫化水素中毒 根拠: 安衛則第36条第26号 / 第1種=学科4時間、第2種=学科5.5時間
② 溶接ヒューム吸入 根拠: 安衛則第36条第3号 / 学科11時間・実技10時間
③ 高所での墜落・転落 根拠: 安衛則第36条第39号(足場の組立て等)学科6時間 + 安衛則第36条第41号(作業床を設けることが困難な箇所でのフルハーネス型墜落制止用器具の使用)学科4.5時間・実技1.5時間
これらは別々の特別教育として実施し、教育ごとに記録を3年間保管する必要があります。「1回の研修でまとめて済ませた」という誤解が現場でよく起きますが、法定時間を各教育で個別に担保しなければ有効な記録として扱われません。
リスク① 閉囲空間の酸素欠乏・硫化水素中毒
船体内部の空間(二重底・バラストタンク・ポンプ室など)は鉄板で密閉されており、通気が悪い状態が続くと酸素濃度が急低下します。塗料の乾燥・錆の酸化・ガスの滞留が重なることもあります。
酸欠・硫化水素中毒は「倒れてから気づく」
厚生労働省のリーフレット「なくそう!酸素欠乏症・硫化水素中毒」は、酸素欠乏空気を吸うと一呼吸で意識を失うことがあり、硫化水素も350〜700ppm以上で生命の危険(700ppmでは呼吸麻痺・昏倒・呼吸停止・死亡)に至ると示しています。異常に気づいた時には自力で退避できない、というのが典型的な被災パターンです。
酸素欠乏の概念を母国語で一度も学んだことがない外国人作業員に、日本語の講義だけで「なぜ閉囲空間が危険なのか」を伝えるのは構造的に難しい。これを避けるために母国語での学科受講が必要です。
根拠条文は労働安全衛生規則(安衛則)第36条第26号です。カリキュラムは酸素欠乏危険作業特別教育規程(昭和47年労働省告示第132号)に定められており、法定科目は学科のみです。し尿・下水を含む場所では硫化水素中毒のリスクも加わるため第2種(学科5.5時間)を選択します。多くの造船所の閉囲空間は第1種(学科4時間)で対応できますが、化学タンカーや廃水処理設備を扱う場合は第2種が必要なケースがあります。
リスク② 溶接ヒューム ── 2021年規制強化で教育が複合化
アーク溶接等の業務には安衛則第36条第3号の特別教育義務があります。学科11時間・実技10時間という内容は安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第4条が定めています。
2021年4月の改正で溶接ヒューム(溶接時に発生する金属微粒子)が特定化学物質障害予防規則(特化則)の対象に追加されました。
特化則の対象化で追加された主な義務
① 溶接ヒュームを抑制する換気装置等の措置と、ヒューム濃度の測定に基づく呼吸用保護具の選定 ② 作業主任者の選任(特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習の修了者のほか、令和6年1月1日からは金属アーク溶接等作業主任者限定技能講習の修了者からも選任できます) ③ 溶接ヒュームに係る特殊健康診断の実施 ④ 呼吸用保護具のフィットテスト(1年以内ごとに1回・令和5年4月1日から)
これらはアーク溶接特別教育(安衛則第36条第3号)とは別の義務です。特別教育を修了させただけでは対応が完結しません。
「何のためにマスクをするのか」が本人の言語で伝わっていないまま一日が終わる——これが現場で一番リスクが高い状態です。受講した記録があっても内容が届いていなければ、安全配慮義務を果たしたとはいえません。外国人溶接工に5言語対応の学科教育を受けさせることで、この「形式だけの受講」を防ぎます。
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リスク③ 高所作業 ── フルハーネスと足場の二重義務
造船所では船体の外板や上部構造物など、高さ2メートル以上での作業が日常的に発生します。対応する特別教育は2種類あります。
足場の組立て等(安衛則第36条第39号) 船体を取り囲む仮設足場の組立て・解体・変更作業に従事する者には、2015年7月1日施行の特別教育(学科6時間)が必要です。
フルハーネス型墜落制止用器具使用(安衛則第36条第41号) 条文が特別教育の対象としているのは、「高さが2メートル以上の箇所であつて作業床を設けることが困難なところにおいて、墜落制止用器具のうちフルハーネス型のものを用いて行う作業に係る業務」です(ロープ高所作業=同条第40号に該当する業務は除かれます)。作業床と手すりが設けられた足場上での作業のように、作業床を設けられる場所でフルハーネスを併用するだけの場合は、この特別教育の対象ではありません。「高さ2メートル以上でフルハーネスを使う人は全員受講」と広く運用すると、不要な受講コストが発生します。
対象に該当する場合は、2019年2月施行の特別教育(学科4.5時間・実技1.5時間)が必要です。カリキュラムの根拠は安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第24条です。
注意: この2種類は別々の特別教育です。「フルハーネスの使い方を教えたから足場の教育も済んだ」という理解は誤りです。造船現場では両方が必要なケースがほとんどで、片方の受講漏れが起きやすい組み合わせです。
元請・協力会社間の安全教育責任分担
造船所では元請(船主から受注した造船会社)の下に複数の協力会社が入る多重下請け構造が一般的です。外国人労働者は協力会社の社員、または特定技能・育成就労の在留者として現場に入ることが多く、教育責任の所在が曖昧になりがちです。
原則として以下のように責任が分かれます。
- 雇入れ時教育(安衛則第35条): 雇用する事業者(協力会社)の義務
- 特別教育(アーク溶接・酸欠等): 実際にその業務に従事させる事業者の義務
- 新規入場時等教育: 元請が設ける現場固有のルール周知(法定外だが実務上必須)
「協力会社が特別教育の証明書を持って入場した」という状況でも、元請は記録を確認し、本人が理解できる言語での実施かどうかまで担保する必要があります。複数の協力会社が入る現場では、言語ごとの受講記録を元請が一元管理する仕組みが現実的です。
詳細は「派遣・出向・請負での安全衛生教育の責任分担フロー」もあわせてご確認ください。
多言語化を阻む「造船専門用語」問題
造船の現場では「船殻(せんこく)」「舷梯(げんてい=乗降用タラップ)」「バラストタンク(船体重量調整用の水タンク)」「フレーム(肋骨=船体の骨格部材)」など、一般製造業にはない固有の用語が使われます。これらは単に「ベトナム語に訳す」だけでは実態と合わないことがあります。
「換気する」の翻訳が「空気を入れ替える」という一般語になってしまい、「送気マスクをつけながら換気する」という概念が伝わらなかった、という現場の声があります。単純な語学翻訳では間に合わないのが造船安全教育の難しさです。造船・製造の実務を知るネイティブ話者によるレビューが、教材選定のうえで重要な判断軸になります。
5言語対応教材の選定ポイント
- 「送気マスク」「酸素欠乏」「溶接ヒューム」などの専門用語を、単語ではなく「なぜ危険か」の文脈ごと翻訳していること
- 理解度テスト(クイズ)が同じ言語で提供されていること
- 受講ログ・修了証PDFが日本語と対応言語で保管・出力できること
Labonaの対応
まとめ ── 3大リスクへの教育を体系的に整備する
造船業の外国人安全衛生教育には、閉囲空間の酸欠・溶接ヒューム・高所作業という3大リスクへの対応が不可欠です。各リスクに対応する特別教育はそれぞれ根拠条文・学科時間・実技の有無が異なり(詳細は各節を参照)、まとめて一括処理することはできません。さらに、本人が理解できる言語で実施しなければ、記録があっても安全配慮義務を果たしたとはいえません。
元請・協力会社が「受講記録はあるか」だけでなく「外国人本人が理解したか」を確認する体制を整えること。それが造船現場の労働災害を減らすために今すぐできる、確実な一歩です。
よくある質問
Q. 特定技能の外国人にも日本の特別教育は必要ですか?
はい、必要です。在留資格に関係なく、日本の事業所で危険・有害業務に就く労働者には労働安全衛生法が適用されます。特定技能でも育成就労でも、アーク溶接や酸素欠乏危険作業に従事させる前には法定の特別教育を実施してください。
Q. 複数の特別教育を同じ日にまとめて実施できますか?
各教育の法定時間を個別に確保できれば、同日に連続して実施することは可能です。ただし教育記録は特別教育ごとに別々に作成し、それぞれ3年間保管する必要があります。
Q. 酸素欠乏特別教育に実技の定めはありますか?
酸素欠乏危険作業特別教育規程(昭和47年労働省告示第132号)では学科のみが法定教育として定められており、告示上に実技の定めはありません。ただし退避手順・保護具着脱のOJTを現場で別途実施し、その記録を残すことが推奨されます。
Q. 溶接ヒューム対策は特別教育修了で完結しますか?
いいえ、完結しません。アーク溶接特別教育(安衛則第36条第3号)は溶接機の取扱い・感電・火災への教育です。溶接ヒュームについては2021年改正の特定化学物質障害予防規則(特化則)が別途適用され、換気設備設置・作業主任者選任・特殊健診が追加で必要です。
Q. 足場特別教育とフルハーネス特別教育は両方必要ですか?
高所作業が伴う多くの造船現場では両方必要です。足場の組立て・解体・変更作業には安衛則第36条第39号の教育(学科6時間)が、高さ2メートル以上で作業床を設けることが困難な箇所においてフルハーネス型墜落制止用器具を用いて作業する場合は同条第41号の教育(学科4.5時間・実技1.5時間)が、それぞれ別の受講記録として必要です。逆に、作業床と手すりのある足場上でフルハーネスを併用するだけであれば第41号の対象外です。業務実態で判定し、過剰受講を避けてください。
関連ガイド
参考一次資料
- 厚生労働省「造船・舶用工業に従事する外国人労働者向け安全衛生教材」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10945.html
- 労働安全衛生規則 第36条(特別教育を必要とする業務)・第38条(記録の3年保存) https://laws.e-gov.go.jp/law/347M50002000032
- 安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第4条(アーク溶接)・第22条(足場)・第24条(フルハーネス) https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=74085000&dataType=0&pageNo=1
- 酸素欠乏危険作業特別教育規程(昭和47年労働省告示第132号)第1条・第2条 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=74106000&dataType=0&pageNo=1
- 厚生労働省「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和7年10月末時点・令和8年1月30日公表) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_68794.html
- 厚生労働省リーフレット「なくそう!酸素欠乏症・硫化水素中毒」 https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/040325-3a.pdf



