「外国人社員にストレスチェックを受けてもらったけれど、日本語の質問票を渡しただけになっている」——そういう状況に心当たりはないでしょうか。2025年5月14日に改正労働安全衛生法(以下「労安法」)が公布され、これまで常時50人以上の事業場だけに課されていたストレスチェック義務が、2028年4月1日からはすべての規模の事業場に拡大されます。義務化の波が中小企業にも届く前に、外国人労働者への実施体制を今から整えておく価値があります。この記事では、外国人に特有の3つの課題と、多言語での対応策を実務レベルで解説します。
ストレスチェックとは何か
労安法第66条の10(ストレスチェック等)に基づき、事業者は労働者に対して年1回以上のストレスチェックを実施しなければなりません。
実施者は医師・保健師・厚生労働大臣が定める研修を修了した歯科医師・看護師・精神保健福祉士・公認心理師のいずれかです。使用する調査票は法令で様式が指定されているわけではありませんが、厚生労働省が推奨する「職業性ストレス簡易調査票(57項目)」が実務上の標準になっています。
チェックの流れは次のとおりです。
- 労働者が質問票に記入
- 実施者が結果を分析(事業者は個票を直接見ない)
- 高ストレス者(実施者が判断)に医師による面接指導の申し出を勧奨
- 申し出があった場合、事業者は医師面接指導を手配
- 医師から事業者に就業上の措置に関する意見を聴取
- 必要に応じ就業制限・配置転換等の措置を講じる
注意点が一つあります。面接指導の申出をしたことを理由に労働者を不利益に取り扱うことは、労安法第66条の10第3項で明確に禁じられています。ただしこの禁止規定そのものに刑事罰は設けられておらず、監督署の行政指導・是正勧告と、民事上の損害賠償リスクが実質的な歯止めになります。
ストレスチェック自体を実施しない(未実施)ことについても、直接の刑事罰は現行制度では設けられておらず、行政指導・是正勧告が先行します。一方で、常時50人以上の労働者を使用する事業場が所轄労働基準監督署長への「心理的な負担の程度を把握するための検査結果等報告書」(安衛則第52条の21)を提出しなかった場合や虚偽の報告をした場合は、労安法第120条第5号により50万円以下の罰金の対象になります。実施そのものより先に報告漏れで指摘されるケースがある点に注意してください。
2025年改正・2028年4月から義務拡大へ
2025年5月14日に公布された改正労安法の核心は、50人未満の事業場への義務拡大です。これまで「努力義務」にとどまっていた規定が削除され、すべての規模でストレスチェックが義務になります。
施行日は2028年4月1日で、初回実施は施行から1年以内——つまり2029年3月31日までに完了させる必要があります。
50人未満の事業場にとって課題になるのは、実施者(医師・保健師等)を確保する手段です。現行の50人以上義務場では産業医の選任が別途義務付けられていますが(労安法第13条・常時50人以上で選任義務)、50人未満では産業医が未選任というケースが多くあります。地域産業保健センター(地さんぽ)の無料相談や外部委託のストレスチェック実施機関の活用が現実的な選択肢になります。
集団分析(仕事のストレスと健康の関係を部署単位で分析)は50人以上事業場では努力義務のままです。50人未満には義務規定がないため任意ですが、社員数が少ないとプライバシー保護の観点から実施自体が難しいケースもあります。
外国人労働者への「3つの壁」
外国人労働者にストレスチェックを実施する際、日本人と同じ運用をそのまま当てはめると機能しないことが多いです。現場でよく起きる3つの壁を整理します。
壁①:言語の問題
標準の57項目調査票は日本語で作られています。「同僚からのサポートがある」「仕事の量が多い」といった設問は、日本語能力が十分でない外国人には意味を取りにくい表現が含まれます。質問票を配布したものの、全員が「普通」「問題なし」に○をつけただけで終わったという報告は少なくありません。
壁②:文化的な前提の違い
ストレスチェックの質問票は、日本の職場文化を前提に設計されています。「上司・部下関係」「職場での孤立感」といった概念は、文化によって捉え方が大きく異なります。また「精神的につらい」と認めること自体を弱みと見なす文化的背景を持つ労働者は、高ストレス状態でも質問票で低い値を回答してしまいがちです。
壁③:面接指導でのコミュニケーション問題
高ストレス者が医師面接指導を申し出た場合、多くの産業医は日本語でしか対応できません。通訳なしで「最近、気持ちがつらいですか」「仕事で何か困っていることはありますか」を探っても、本音を引き出すのは難しい。結果として、実施したことにはなっても、支援につながらないケースが発生します。
多言語版質問票の活用
壁①を乗り越える現実的な手段が、多言語版の職業性ストレス簡易調査票です。
厚生労働省は外国人労働者向けの対応支援として、57項目調査票の外国語版を整備しています。対応言語は英語・中国語・ベトナム語・タガログ語・ネパール語・ペルシャ語・ポルトガル語・ミャンマー語・スペイン語・インドネシア語の10言語です(「ストレスチェック外国語版運用マニュアル」として公開)。Labona が対応する5言語(日本語・英語・ベトナム語・中国語・インドネシア語)はすべてカバーされています。
多言語版を導入する際の実務上のポイントは3点です。
確認すること① 受検方法の選択
紙の多言語版を印刷して配布する方法と、外国語対応の電子ストレスチェックサービスを使う方法があります。電子化すると受検状況の管理・集計が容易になりますが、PCやスマホの操作に不慣れな外国人もいるため、紙と電子の使い分けを検討してください。
確認すること② 回答前のオリエンテーション
「このチェックの結果はあなたに不利になりません」「回答を管理者に見せることはありません」という点を、母国語で事前に説明することが重要です。この説明がないと、壁②の「弱みを見せたくない」心理から正直な回答が得られにくくなります。
確認すること③ 結果フィードバックも多言語で
高ストレスに該当した場合の通知や勧奨も日本語だけで送ると機能しません。「面接を受けるかどうかを〇日までに知らせてください」という文書も多言語版を用意することで、申し出率が上がります。
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外国人特有のストレス要因
ストレスチェックで見えてくる数値の背景として、外国人労働者に特有のストレス源があることを把握しておく必要があります。
在留資格への不安は根深いストレス要因です。「会社に迷惑をかけたら雇用契約を切られ、在留資格が失われるかもしれない」という恐怖が、問題を訴えることへのブレーキになります。ストレスチェックでも、「高ストレスと出たら会社に知られるのでは」という誤解が回答を歪める可能性があります。
孤立感も日本特有の問題です。家族と離れ単身で来日し、日常的に頼れる人間関係が職場以外にほぼない、という外国人は少なくありません。職場のコミュニケーション不全(言葉が通じない・冗談が分からない・休憩中の会話に入れない)が積み重なると、孤立は深刻なメンタルヘルスリスクになります。
文化的なギャップからくる疲弊も見逃せません。日本の職場独特の暗黙のルール——「残業は当然」「察する文化」「報告・連絡・相談の形式」——は、説明を受けていない外国人には「何が求められているか分からない」という慢性的なストレスになります。
断食月(ラマダン)・宗教的行事の時期に体調と精神的負荷が重なることもあります。食事・休憩のタイミングに配慮がない職場では、この時期に高ストレスが集中するケースがあります。
産業医・面接指導との多言語連携
外国人の高ストレス者が面接指導を申し出た場合に備え、対応可能な体制を事前に整えておく必要があります。
通訳の確保が最初の課題です。外国語対応の産業医は限られています。現実的な選択肢は次の通りです。
- 社内に同国籍の信頼できるスタッフがいれば通訳として同席(ただし守秘義務の徹底が前提)
- 医療通訳サービスや電話通訳の活用
- 外国語対応の産業医・保健師・カウンセラーへの業務委託
面接の前後に母国語でのサポートラインを設けることも効果的です。社内の保健師や人事担当者が外国語で簡単な相談を受けられる体制があると、「まず日本語以外で話せる人に話してから考えたい」という外国人の入り口になります。
安全衛生委員会では、外国人労働者のストレスチェック実施結果(集団分析)を議題に上げることも推奨されます。個人情報は保護されますが、部署単位の傾向は職場改善の手がかりになります。
Labona の対応範囲
まとめ
ストレスチェック義務化が2028年4月に50人未満事業場にも拡大されるにあたり、外国人労働者を多く雇用する企業は今から体制整備を進める必要があります。言語の壁・文化的前提の違い・面接指導でのコミュニケーション問題という3つの課題に対し、多言語版質問票の導入・事前オリエンテーション・通訳確保のセットで対応するのが現実的な着地点です。ストレスチェックを「やって終わり」ではなく、外国人労働者が職場で声を上げやすくなる仕組みの一つとして位置付けると、次のアクションが見えてきます。
よくある質問
Q. 現在50人未満の事業場です。2028年4月まで何もしなくていいですか?
今すぐ法的な義務はありませんが、実施者(保健師・産業医等)の確保や外部委託先の選定には時間がかかります。2027年度中には体制を整えておくことを推奨します。外国人労働者がいる場合は多言語版質問票の選定も並行して進めてください。
Q. ストレスチェックを外国語で実施しても法的に有効ですか?
有効です。法令に「日本語で実施すること」という規定はなく、労働者が内容を理解できる言語での実施が安全配慮義務の観点から求められます。多言語版の職業性ストレス簡易調査票は厚労省の支援を受けて整備されており、使用しても制度の要件を満たします。
Q. 外国人社員の結果を会社(上司)に見せることはできますか?
個人の結果は原則として実施者(医師・保健師等)が管理し、本人の同意なく事業者に提供することは法令(労安法第66条の10第2項)で禁止されています。外国人労働者に「回答しても会社には見えない」と説明することが、正直な回答を引き出す鍵になります。
Q. 高ストレス者に面接指導を勧めたら「必要ない」と断られた場合は?
申し出は本人の意思に委ねられており、拒否したことを理由に不利益な扱いをすることは禁止されています。断られた場合も記録(勧奨した事実・本人が辞退した旨)を残しておくと、万一の際の安全配慮義務の履行記録になります。
Q. ストレスチェック結果の保管期間はどのくらいですか?
5年間が基本です。労働者の同意を得て事業者が個人結果の提供を受けた場合、事業者はその記録を作成し5年間保存する義務があります(安衛則第52条の13第2項)。同意が得られていない個人結果は実施者(外部委託の場合は委託先)側で保存され、事業者は実施者に5年間保存させるよう努めることとされています。医師による面接指導の結果の記録についても、事業者に5年間の保存が求められます。
関連ガイド
参考一次資料
- 厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策・ストレスチェック制度」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/anzen/anzeneisei06/index.html)
- 労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号・2025年5月14日公布)※50人未満事業場への義務拡大、施行日2028年4月1日 — 概要: https://www.mhlw.go.jp/content/11300000/001497667.pdf
- 「ストレスチェック外国語版運用マニュアル —日本で働く外国人の方々への対応ツール集—」横山和仁・北村文彦ほか(http://plaza.umin.ac.jp/~j-eisei/info/data/stress%20check%20manual.pdf)
- 職業性ストレス簡易調査票(57項目)- 産業医医療ネットワーク(https://mn.naganos.johas.go.jp/documents/%E8%81%B7%E6%A5%AD%E6%80%A7%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AC%E3%82%B9%E7%B0%A1%E6%98%93%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E7%A5%A8%EF%BC%8857%E9%A0%85%E7%9B%AE%EF%BC%89/)

