「最近、外国人スタッフが廊下で足を滑らせた」「荷台から降りるときに落ちそうになった」──そんなヒヤリハットが増えていませんか。転倒・転落は、全産業を通じて最も件数が多い労働災害です。そして外国人労働者は、日本人より高い確率で被災しています。この記事では、その構造的な原因と、製造業・物流業での具体的なリスク、そして言語の壁を越えるための多言語教育の進め方を整理します。
転倒・転落は全産業「件数1位」の事故類型
日本の労働現場で最もよく起きる事故をご存じですか。「墜落や機械事故では?」と思う方も多いのですが、実は違います。
厚生労働省が発表した令和6年(2024年)の労働災害発生状況によると、休業4日以上の死傷者数は135,718人。そのなかで事故の型別に見ると、「転倒」が36,378人で全類型のトップでした。続いて「動作の反動・無理な動作」22,218人、「墜落・転落」が20,699人となっています(出典:厚生労働省 令和6年労働災害発生状況)。
転倒と墜落・転落を合計すると57,077人。全死傷者のおよそ42%を占める計算です。
ここがポイントなのですが、転倒・転落はドラマチックな事故ではありません。「ちょっと滑った」「降りるときによろけた」という日常動作の延長で起きます。だからこそ、危険だと気づかれないまま放置されやすいのです。
外国人労働者が特に被災しやすい4つの理由
外国人労働者の労働災害件数は、令和6年(2024年)に6,244人に達しています。2008年の約1,443人と比べると約4倍増。雇用者数の増加以上のペースで伸びています。
外国人労働者全体の「死傷年千人率」(労働者1,000人あたりの死傷者数)は2.77。日本人を含む全労働者平均の2.36を上回っています(出典:厚生労働省)。
転倒・転落に限ったとき、外国人労働者の被災率が高い理由は主に4つあります。
1. 足元のルールを知らない
母国では安全靴を着用しない職場が一般的な国も多くあります。「工場内では必ず安全靴を履く」「通路に荷物を置かない」という日本の常識が共有されていないまま業務に就くケースが少なくありません。
2. 床材や段差の感覚が違う
コンクリートの床、金属製のスロープ、ウェット状態の通路。これらが「滑りやすい」という肌感覚は、実際に経験しないと伝わりません。特に入職直後の数日間は、慣れない足元で転倒リスクが最も高くなります。
3. 危険を「口頭で聞いた」だけでは理解できない
「ここは濡れているから気をつけて」と日本語で注意しても、意味が伝わっていなければ行動は変わりません。「わかりました」と答えても、実際には聞き取れていないことがあります。
4. ヒヤリハットを報告しない
正直なところ、外国人労働者の多くはヒヤリハットを「報告すると怒られる」と感じています。足を滑らせそうになっても黙っていることで、危険箇所が放置されます。
製造業のリスク ─ 床の水濡れと油汚染に潜む落とし穴
実はこれ、現場ではよくある光景なのですが、製造業の工場では床に水や油が広がっても、作業の手を止めずに続けてしまうことがあります。
機械の洗浄作業、冷却水の飛散、機械油の漏れ。これらは日常的に発生します。外国人労働者にとって怖いのは、日本人の先輩が「これくらい大丈夫」と見なして素通りするパターンです。安全への感覚が「見て学ぶ」形で伝わってしまいます。
製造業での転倒事故の典型は次のようなシーンです。
- 機械周辺の油に気づかず踏んで滑る
- 台車や部品箱を押しながら曲がり角で転倒
- 床の段差(排水溝のふたなど)でつまずく
- ウェット状態の通路を作業靴のまま走る
製造業における外国人労働者の労災は、全外国人労働災害の48.3%を占めています(最多業種)。転倒はそのなかでも上位の事故類型です。
「なぜ滑るのか」「なぜ気をつけなければならないのか」を言葉でなく、写真や動画で見せることが最初の一歩になります。
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物流業のリスク ─ 荷台・段差・高所棚からの転落
物流・倉庫業での転落事故は、高さのある場所での作業と切り離せません。
陸上貨物運送事業では、死傷者の約7割が「墜落・転落」「転倒」「挟まれ・巻き込まれ」で占められています(出典:厚生労働省 陸上貨物運送事業の労働災害防止指針)。
特に多い場面はこちらです。
- トラックの荷台への昇降時に踏み外す
- 高所棚からの積み降ろしでバランスを崩す
- プラットホームの端でフォークリフトとともに転落
- 倉庫内の段差や傾斜路での転倒
外国人労働者が集中して被災するのは、就業初期です。「荷台に乗るときの3点支持(両手両足)」「棚の上段から降りるときの向き」など、ベテランには当たり前の動作を、入職時に丁寧に教える必要があります。
現場の方ならご存知のとおり、「そんなこと言わなくてもわかるだろう」という感覚が、外国人労働者には通じません。日本の職場特有の安全動作を、一つひとつ言語化して伝えることが重要です。
言語の壁を越えて伝える教育の実践手順
転倒・転落防止の教育で大切なのは、「伝えた」ではなく「理解させた」という証拠を残すことです。
具体的には、次の4ステップが有効です。
ステップ1: 写真・動画で「見せる」
実際の職場写真を使って、「ここが滑りやすい」「ここで転倒事故が起きた」と視覚的に示します。母国語のナレーションや字幕があればさらに効果的です。
ステップ2: 安全靴と正しい昇降動作を「やってみる」
安全靴の選び方・着用確認・荷台への乗り降り動作を、実際に一緒に練習します。「デモを見る→自分でやる→確認される」という流れが理解を定着させます。
ステップ3: 理解度確認を「母国語で」行う
「転倒したらどうする?」「荷台から降りるときの正しい手順は?」という問いを、母国語で確認します。日本語で「わかりました」と答えた場合でも、実際には理解できていないことが多いです。
ステップ4: 記録を残す
受講日・言語・確認方法を記録します。元請や監督署から確認が入ったときに、「外国語で理解度まで確認した」というエビデンスになります。
5Sを多言語で定着させる
5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)は、転倒防止の基盤です。通路の障害物をなくし、床を乾いた状態に保つことが、そのまま転倒リスクの低減につながります。
率直に申し上げると、外国人労働者に「5S」という言葉を教えても、あまり意味がありません。「整理整頓をしましょう」という掛け声より、「この通路に物を置いてはいけない(写真)」「床が濡れていたらすぐにこれで拭く(写真)」という具体的な行動指示の方が伝わります。
実践的な多言語展開の例を紹介します。
- 通路に引いた黄色いラインに「荷物を置かないゾーン」と5言語で表記する
- 床拭きモップの置き場所に母国語のラベルを貼る
- 朝礼時のチェック項目を多言語シートで配布する
日本語の「5S」を教えるより、5Sの結果として何をすべきかを写真とともに見せる方がずっと効果的です。
また、外国人スタッフが自ら「床が汚れている」と気づいて報告できる仕組みが大切です。ヒヤリハット報告書を母国語で用意しておくと、潜在的な転倒リスクが事前に見えてきます。
設備対策と教育の組み合わせで事故を減らす
教育だけでは防げない事故があります。設備面の対策と組み合わせることで、はじめて転倒・転落リスクを実質的に減らせます。
現場でよく使われる設備対策を整理します。
転倒防止の設備
- 防滑マット(スリップ係数が高い素材)の通路・機械周辺への設置
- 排水溝のふたの段差解消
- 通路のライン引き(安全通路と作業エリアの分離)
- 床の油・水をすぐに拭き取れるモップ置き場の設置
転落防止の設備
- 荷台や高所棚へのステップ(3点支持できる足がかり)の整備
- 手すり・安全ネットの設置
- 高所作業時のフルハーネス着用の徹底
ここがポイントなのですが、設備を整えても「なぜその設備が必要か」を外国人労働者に理解させないと、防滑マットを踏み外したり、手すりをつかまずに急いで降りたりします。設備の意味を母国語で説明する教育とセットで考えてください。
まとめ
転倒・転落は全労働災害のなかで最も件数が多く、令和6年には転倒だけで36,378人が被災しています。外国人労働者は千人率が日本人平均を上回り、特に就業初期に被災しやすい傾向があります。床材の感覚の違い、安全靴の着用習慣のなさ、ヒヤリハットを報告しない心理的背景がリスクを高めています。製造業では床の油・水汚染、物流業では荷台や棚からの転落が主な危険場面です。対策は「写真・動画で見せる→やってみる→母国語で確認する→記録する」の4ステップ。設備対策とセットで実施することで、事故を実質的に減らせます。まず職場の転倒・転落危険箇所を洗い出し、外国語で説明する教育を始めてみてください。
よくある質問
Q. 外国人労働者が「わかりました」と言ったのに事故が起きました。企業の責任になりますか?
「わかりました」という返答だけでは、安全配慮義務を果たしたとはみなされません。理解できる言語で教育し、理解度を確認した記録が必要です。大阪地裁2024年7月31日の判決でも、「教育記録はあったが理解できていなかった」として事業者の安全配慮義務違反が認定されています。
Q. 転倒防止の教育は「雇入れ時教育」に含まれますか?
はい。労働安全衛生規則第35条(雇入れ時安全衛生教育の義務)の8項目のなかに「整理・整頓及び清潔の保持に関すること」「事故時等における応急措置及び退避に関すること」が含まれており、転倒防止も教育内容に入ります。外国語で実施することを忘れずに。
Q. 製造業と物流業ではどちらが転倒・転落リスクが高いですか?
件数では製造業の方が外国人労働者の労災全体に占める割合が高く(48.3%)、転倒事故も多い傾向があります。ただし転落(高さからの落下)という観点では、物流業の荷台・高所棚からの転落が特に重大事故につながりやすいです。業種に応じて優先すべき対策は異なります。
Q. 安全靴を着用しているのに転倒することがあります。原因は何ですか?
安全靴のサイズが合っていない、滑り止めが摩耗している、または防滑性の低いタイプを使っている可能性があります。安全靴の選定基準(JIS T 8101など)と定期的な点検を行い、床材に合った靴底を選ぶことが必要です。外国人労働者には「自分の足に合ったサイズを選ぶ」ことも母国語で説明してください。
Q. 転倒防止の教育はどのくらいの頻度で実施すればよいですか?
法令上の義務頻度は定められていませんが、雇入れ時・作業変更時は必ず実施し、その後も年1回以上の反復教育が推奨されています。特に夏場(床の濡れが増える・疲労が蓄積する)と冬場(防寒着で動きが鈍る)の前には、実施を検討してください。
関連ガイド
- 外国人労働者の安全衛生教育 完全ガイド|建設・製造・物流の実務と多言語化の進め方
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