「安全教育にそんなにかけなくていい」と言われたことがある担当者は多いはずです。ただ、そのひとことに反論するための数字を、すぐに出せる人は少ない。本記事では、安全衛生教育の年間コストの積算式と、実施形態ごとに乗る費目、そして「教育しなかった場合のコスト」との比べ方まで一気に整理します。金額そのものは自社の見積もりで埋める前提で、稟議資料の骨組みとして使ってください。
安全衛生教育の費用は「リスク管理への投資」である
安全衛生教育のコストを「削れるもの」として扱う経営判断は、実は非常に高コストです。
教育費を「支出」として見れば削りたくなる。しかし「労働災害1件を防いだことによる損失回避額」と比べると、教育費はむしろ割安であることが多い。この視点の転換が、予算稟議の突破口になります。
厚生労働省「令和7年の労働災害発生状況(確定値)」(2026年5月27日公表)によると、休業4日以上の死傷者数は135,333人(前年比385人・0.3%減)でした。全体は横ばいですが、外国人労働者の死傷者数は7,124人で、平成28年(2,211人)の約3.2倍に増えています。
教育費をゼロにしたとき、何が起きるか。それを数字で示すのが、この記事の目的です。
年間コストの積算式:4つの変数で考える
安全衛生教育の年間予算は、次の式で整理できます。
年間教育コスト = 受講者数 × 教育種別ごとの単価 × 実施回数 × 言語数係数
一つずつ確認します。
受講者数は、対象を三層に分けて数えます。新入社員・中途入社者(雇入れ時安全衛生教育の対象)、危険・有害業務従事者(特別教育の対象)、職長・班長候補(職長教育の対象)の3つです。それぞれで単価も実施形態も異なります。
教育種別ごとの単価は、実施形態によって大きく変わります。次の節で費目を整理します。
実施回数は、年間採用数と配属異動の頻度で決まります。月1回採用があれば、雇入れ時教育は年12回必要です。
言語数係数は、外国人労働者の言語構成が直接影響します。日本語のみなら係数は1。ベトナム語・中国語・インドネシア語・英語を加えると、通訳や多言語教材のコストがのしかかります。
実施形態別に「どの費目が乗るか」を洗い出す
実施形態は大きく三つに分かれます。金額そのものより、どの費目が乗るかを漏らさないことが先です。
なお、以下に挙げる金額は公的統計として公表されているものではありません。自社の見積書・過去の発注実績・給与データに置き換えて使ってください。ここでは計算の形だけを示します。
集合研修(社内実施または外部委託)
拾う費目は、会場費・資料印刷費・進行担当者の人件費、そして外部委託なら講師費です。見落とされやすいのが受講者の拘束時間で、これは見積書には一切現れません。
計算の形は次のとおりです。仮に時給1,500円の従業員30名が3時間拘束されるなら、1,500円 × 3時間 × 30名 = 13万5,000円が人件費として発生しています。直接費に必ず足してから1人あたりに割り戻してください。
eラーニング
月額サブスクリプション型と、1受講あたりの従量課金型があります。1人あたりの単価だけでなく、初期設定費やLMS(学習管理システム、受講ログを管理するシステム)のライセンス費が別途かかることもあるため、1年間の総額で比較しないと判断を誤ります。
単価の水準はサービスによって大きく異なります。参考までに、Labona の公開講座は税込 ¥5,500〜¥12,000/受講者1名あたり(講座により異なる・初期費用および月額固定費なし)です(最新の価格は講座一覧でご確認ください)。他社と比較する際は、単価に加えて「初期費用の有無」「多言語が追加料金か」「修了証の発行が別料金か」を必ず確認してください。
通訳同行(集合研修に専門通訳を帯同)
日本語で集合研修を行い、専門通訳者を帯同させる方式です。日額での費用に加え、拘束時間・移動費・事前の資料共有工数が乗ります。安全衛生は専門用語が多く、対応できる通訳者が限られる言語もあるため、費用より先に手配可能性を確認しておくと安全です。
外国人労働者が加わるとコストはどう変わるか
外国人労働者への教育では、以下のコストが新たに発生します。
多言語教材費(単発・ただし改訂のたびに再発生)
自社で翻訳する場合の費用は、翻訳会社の見積もりを取るのが確実です。単価は「1ページあたり」「原文1文字あたり」など会社によって単位が違うため、必ず言語数と総ページ数を掛けた総額で比較してください。安全衛生は専門用語が多く、汎用の機械翻訳をそのまま使うと用語が揺れます。
見落としやすいのは、法改正や作業手順の変更のたびに全言語分の改訂費が再発生する点です。単発費用ではなく、数年分のランニングとして見積もってください。
通訳費の継続コスト
毎月新入社員を受け入れている企業では、雇入れ時教育のたびに通訳の手配が必要になります。1回あたりの日額に年間実施回数を掛けると、想像より大きな数字になることが多い費目です。稟議資料には「通訳代(年間)=日額 × 年間回数」と積算根拠を添えて出すと、議論が単価の話に逸れません。
理解度確認の追加コスト
外国語版のテストや確認シートを用意する場合、作成・翻訳の費用が別途かかります。外国人労働者の「分かったふり」問題と確認方法については、下の記事で整理しています。
こうしたコストを前もって可視化するだけで、「多言語eラーニングの導入検討」が稟議に乗りやすくなります。
助成金で実質負担を下げられるか確認する
安全衛生教育には、厚生労働省の助成金が活用できるケースがあります。ただし助成率・上限額・要件はコースごとに細かく分かれ、年度ごとに改正されます。ここでは制度名と押さえどころだけを挙げ、金額は公式パンフレットで確認する前提で書きます。
人材開発支援助成金
職務に関連した訓練を計画に沿って実施した事業主に対し、経費や賃金の一部が助成される制度です。「人材育成支援コース」「建設労働者技能実習コース」など複数のコースに分かれており、特別教育や職長・安全衛生責任者教育のような法定訓練は、コースによって対象になり得ます。
重要なのは訓練を始める前に計画届を出す必要がある点です。受講してから遡って申請することはできません。助成率と上限額はコース・企業規模・訓練形態で変わるうえ年度ごとに改正されるため、本記事では金額を挙げません。厚生労働省の「人材開発支援助成金」ページからコース別の詳細版パンフレットを確認し、自社の訓練が対象になるかどうかは管轄の都道府県労働局に事前相談してください。
なお、eラーニング・通信制の訓練は経費助成のみが対象となるなど、実施形態によって扱いが変わるコースがあります。オンライン中心で運用する場合はこの点を必ず確認してください。
そのほかに検討できる制度
外国人労働者の就労環境整備を対象とする助成コースや、自治体独自の人材育成補助金が使える場合もあります。制度ごとの対象範囲・申請手順・注意点は下の記事で整理しています。
「労災1件のコスト」で教育投資のROIを計算する
予算交渉で一番効くのは「事故が起きたときのコスト試算」です。
労働災害のコストは、直接費(治療費・補償費・見舞金等)と間接費(作業停止・採用・行政対応・取引リスク等)に分けられます。
倍率については注意が必要です。安全管理の分野では「直接費1に対して間接費4」というハインリッヒの古典的な経験則がよく引用されますが、これは1930年代の米国の調査に基づくもので、日本の公的統計として標準的な倍率が公表されているわけではありません。倍率を借りてくるのではなく、自社の実情で置き換えて積み上げるのが本来のやり方です。
間接費として積むべき項目は、たとえば次のとおりです。被災者の休業中の代替要員費、現場や設備の停止時間、労働者死傷病報告と行政対応の工数、原因調査と再発防止策の実施費用、採用・再教育の費用、元請や取引先への説明対応。ひとつずつ自社の単価で埋めていけば、借り物の倍率より説得力のある数字になります。
予算の話になると上司がいつも腕を組んで黙る、という現場担当者の方へ。「教育費を削ったら事故が起きたときにいくら損するか」を先に計算して資料に載せると、会話の流れが変わります。
シートの作り方:製造業・従業員50名・外国人労働者10名を例に
以下は計算の骨組みです。金額の欄は自社の数字で埋めてください。労災保険の給付実績、給与単価、過去の設備停止時間、実際に取った見積書。手元にある一次情報だけで組み立てられます。他社の相場を借りてくるより、この方がはるかに強い資料になります。
損失側(休業4日以上の災害が1件発生したと仮定)で埋める欄:
- 直接費:治療費、休業補償のうち事業者負担分、見舞金
- 間接費:代替要員費、設備・ラインの停止時間 × 時間あたり粗利、調査と行政対応の工数 × 人件費単価、再教育費
- 合計損失=直接費+間接費(1件あたり)
投資側(年間の教育費)で埋める欄:
- 雇入れ時教育の人数 × 単価(Labona の雇入れ時安全衛生教育は税込 ¥5,500/1名なので、10名なら ¥55,000)
- 特別教育の対象人数 × 単価(外部委託か自社実施かで大きく変わる欄)
- 多言語対応の追加費用(翻訳費・通訳費・多言語教材のライセンス費)
- 年間合計
両方を埋めたうえで「年間の教育費」と「災害1件あたりの想定損失」を並べると、削減対象ではなく投資として議論できるようになります。1件でも防げれば回収できるのか、それとも何件分に相当するのか。その比較こそが、上層部が判断に使える形です。
Labonaで教育コストを最適化する
まとめ
安全衛生教育の年間コストは「受講者数 × 単価 × 実施回数 × 言語数係数」の積み上げで把握できます。実施形態ごとに乗る費目は違い、集合研修なら受講者の拘束時間、多言語対応なら改訂のたびの再翻訳費が、見積書に現れないまま発生します。助成金(人材開発支援助成金など)は訓練開始前の計画届が前提で、助成率と上限額はコースごとに異なるため、金額は必ず公式パンフレットと労働局で確認してください。そのうえで「年間の教育費」と「災害1件あたりの想定損失(自社の単価で積み上げた額)」を並べれば、削減対象ではなく投資として議論できます。まず自社の受講者数と言語構成を整理するところから始めましょう。
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よくある質問
Q. 安全衛生教育のコストで一番見落とされやすいのはどこですか?
集合研修の「受講者の拘束時間」です。会場費や講師費はすぐに見積もれますが、30名が3時間拘束されることの機会損失を計算している企業は少ない。時給単価 × 時間 × 人数で出せる数字なので、稟議資料には必ず1行入れてください。eラーニングに切り替える場合は、この欄がどれだけ減るかが判断材料になります。
Q. 外国人労働者が多い場合、通訳費とeラーニングどちらが安くなりますか?
一概には言えません。判断は「年間の通訳手配回数」で決まります。通訳の日額 × 年間回数と、多言語eラーニングの単価 × 人数(+初期費用)を同じ1年間で並べ、自社の実際の見積もりで比較してください。実施回数が多いほど、また対象人数が少人数で分散しているほど、eラーニング側が有利になりやすい構造です。なお実技を伴う特別教育は対面実施が必要なため、座学と実技でコスト設計を分けることが前提になります。
Q. 人材開発支援助成金は中小企業でも申請できますか?
中小企業も対象です。ただし助成率・上限額はコース(人材育成支援コース、建設労働者技能実習コースなど)と企業規模、訓練形態によって変わるため、金額は厚生労働省の詳細版パンフレットで確認してください。注意すべきは手続きの順番で、訓練開始前に計画届の提出が必要です。受講後に遡って申請することはできないため、教材や研修を発注する前に管轄の都道府県労働局へ相談してください。制度ごとの詳細は外国人労働者の安全衛生教育に使える助成金ガイド2026をご参照ください。
Q. 安全衛生教育の費用は法人の経費として計上できますか?
法人税法上、業務に必要な教育訓練費は損金算入(経費計上)できます。雇入れ時教育(労働安全衛生法第59条第1項で事業者に義務付けられた教育)や特別教育(同条第3項)は業務関連性が明確です。帳簿には「安全衛生教育費」として区分して記録しておくと、監督署対応や税務調査の際にも役立ちます。詳細は担当の税理士にご確認ください。
関連ガイド
参考一次資料
- 厚生労働省「令和7年の労働災害発生状況を公表」(令和8年5月27日公表・確定値)
- 厚生労働省「令和7年における労働災害発生状況(確定値)」(PDF)
- 厚生労働省 職場のあんぜんサイト「労働災害統計確定値」(外国人労働者の労働災害発生状況を含む)
- 厚生労働省「人材開発支援助成金」制度概要(コース別の詳細版パンフレットへのリンクあり)
- 厚生労働省「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(令和3年1月25日 基安安発0125第2号・基安労発0125第1号・基安化発0125第1号)
- 労働安全衛生法 第59条・第60条(e-Gov 法令検索)
ご注意:本記事に登場する金額(単価・損失額・年間合計)は、計算の形を示すための仮の数値です。公的統計として公表されている相場ではありません。助成金の助成率・上限額・要件は年度ごとに改正されるため、実際の申請にあたっては必ず厚生労働省の最新パンフレットを確認し、管轄の都道府県労働局または社会保険労務士等の専門家にご相談ください。Labona の講座価格は本記事公開時点の税込価格です。


